『ブルックリン・フォリーズ』ポール・オースター著
ポール・オースターの『ブルックリン・フォリーズ』という小説を読みました。
心に残るとても素敵な小説だったので、簡単に紹介しておきます。
物語の語り手は59歳で元保険外交員のネイサン・グラス。
妻と別れ、仕事を引退し、肺ガンを患ったネイサンは、生まれ故郷のブルックリンに戻ってきます。
私は静かに死ねる場所を探していた。誰かにブルックリンがいいと言われて、翌朝ウェストチェスターから偵察に出かけていった。ブルックリンに戻るのは五十六年ぶりで、まったく何も覚えていなかった。私が三つのときにわが家はブルックリンを離れたが、私は本能的に、かつて一家で住んでいた界隈に帰っていった。傷ついた犬のように、生まれた場所へと這い戻っていったのだ。
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死に場所を探しにやってきたブルックリンで、ネイサンを待っていたのはさまざまな人との出会いでした。
ネイサンの甥で、かつてはアカデミズムの世界で将来を嘱望されながら今は古書店員として働いているトム・ウッド、
物語の主要な舞台となるブライトマンズ・アティックという古書店を営むハリー・ブライトマン、
トムの姪で、謎めいた雰囲気の少女ルーシー。
『ブルックリン・フォリーズ』はそんな登場人物をめぐる一種の群像劇。
ネイサンがブルックリンに戻ってくることがなければ、決してつながることのなかった人たち、その人間模様がとても魅力的に描かれています。
また社会という規範から思いがけずはみ出してしまった、さまよえる人々を暖かく受け入れてくれるブルックリンという街もこの物語のもう一つの主人公なのかもしれません。
ややありきたりな言い方になってしまいますが、人の温かさ、生きる希望のようなものが、底の方にゆっくりと流れているそんな小説です。
何となく八方塞がりな気持ちになったとき、どうしようもないくらいの絶望に襲われたとき、静かにページをめくって、物語の世界に心を浸せば、いつのまにか思いがけない光が見えているかもしれません。