ジュンパ・ラヒリ『べつの言葉で』

人が一生の間に深く学ぶことのできる言語の数は限られています。

そういう意味では、外国語を学ぶときに「どの外国語を選ぶのか」というのは、とても大きな選択なのだと思います。

今回、紹介する『べつの言葉で』は、アメリカの作家ジュンパ・ラヒリによるイタリア語の学習についてのエッセイ。

べつの言葉で (新潮クレスト・ブックス)

ラヒリの両親はベンガル語を母語とするインド系移民。その娘である著者は家ではベンガル語、外では英語を話すバイリンガルとして育ちます。

その後、著者は学生の頃に訪れたイタリアに魅せられ、イタリア語の学習を始め、やがて夫と二人の子供とともにローマに移り住むことに。

そんな著者が母語であるベンガル語・英語ではなく、第三の言語であるイタリア語で書いたのがこのエッセイ。

もしも本書を原書で読むことができたなら、母語ではない言葉で書かれていることに伴う微妙なずれのようなものを感じることができたのかもしれません。ただ日本語訳ではそのようなディテールに触れることができないのは残念なところ。

それでも新しい経験に伴う喜びや苦労、繊細な気持ちの動きはストレートに伝わってきます。

新しい単語に出会うとき、それは決断のときだ。すぐ単語を覚えるためにちょっと止まってもいいし、メモしておいて先に進んだり、無視したりすることもできる。毎日道でみかける人たちのうち何人かの顔のように、いくつかの単語は何らかの理由で目立って印象を残す。ほかの単語は背景に紛れたままで注意を引かない。

P.30

読後に感じた最も強い印象は、外国語を学ぶということが、人生そのものと重ね合わせになっているということ。

どれだけ道を進んでも、その先には必ずまた未知の世界が広がっているということ。いつになっても決して完成することはないということ。そんな外国語学習の世界に尽きせぬ魅力があるということを再発見できる素敵なエッセイでした。

またエッセイ群の中にそっと挟み込まれている二編の掌編小説「取り違え」「薄暗がり」も、よくある日常の風景からいつのまにか非日常の世界に連れて行ってくれるような魅力的な作品です。

イタリア語に興味のある人はもちろん、広くことばに好奇心を持ち続けている人におすすめの一冊です。

 

べつの言葉で (新潮クレスト・ブックス)
ジュンパ ラヒリ
新潮社
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