近来の近の字はどう書いたっけね

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子どもの頃に比べると、手書きの文字を書く機会というのはぐっと少なくなりました。

それでも手帳にスケジュールを書いたり、to do を書いたり、アナログの出番もない訳ではありません。

そんなときに困るのが、

  • 漢字が思い出せないこと
  • 漢字を書いてみるものの、その文字が正しいのか確信が持てないこと

特に最近多いのが後者のパターンで、漢字を書いても、

「あれ? この字で合っているかな?」

と心配になってしまい、ワープロソフトで変換して確かめるということがよくあります。

これは現代病のようでありながら、もしかしたら神経症の一種なのかもしれません。

漱石の『門』の冒頭に、主人公の宗助と妻の御米(およね)のこんな会話が出てきます。

「御米、近来の近の字はどう書いたっけね」と尋ねた。細君は別に呆れた様子もなく、若い女に特有なけたたましい笑声も立てず、

「近江のおうの字じゃなくって」と答えた。

「その近江のおうの字が分らないんだ」

そして「近」という字を書いてみせる御米。

「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。

「何故」

「何故って、幾何容易い字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日の今の字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違ったような気がする。仕舞には見れば見る程今らしくなくなって来る。——御前そんな事を経験した事はないかい」

「まさか」

「己だけかな」と宗助は頭へ手を当てた。

「貴方どうかしていらっしゃるのよ」

「やっぱり神経衰弱の所為かも知れない」

この件を読んで「あー、この感じはよくわかるなあ」と深く共感。

実際に漱石の身に起きたことなのかどうかはわかりませんが、すごくリアリティのある描写だと思います。

さすがに神経衰弱というのは大げさですが、ちょっと疲れているのかもしれないなと我が身を振り返った小説の一場面でした。

 

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