cialis viagra online accutane

日本語

たまねぎは「炒まる」のか?

17060601

この頃、久しぶりに料理熱が高まって、日々キッチンに立っています。

作ったことがないものを作りたい気持ちが強いので、レシピ本を見ながら悪戦苦闘することも。

また本とともに、よく参考にするのが Youtube などにアップされている料理動画。

特に全く初めての料理を作るときには、動画の方が工程や完成形をイメージしやすい気がします。

先日そんな料理動画を見ていたときに、ちょっと違和感を覚えた表現がこちら。

たまねぎを炒めます。たまねぎが炒まったら、、、

たまねぎが「炒まる」という自動詞は何だか不自然ではないでしょうか。

たまねぎは人が炒めるものではあるけれども、ひとりでに炒まるものではないからです。

ただ例えば「スープを温める/スープが温まる」と言う場合には「温まる」という自動詞を違和感なく使うことができます。

もちろん「温まる」の場合にもスープがひとりでに温まる訳ではありません。しかし「温まる」は国語辞書の見出し語になるくらい普通の表現です。

それならば、やはり「炒まる」も正しい使い方なのでしょうか?

でもどうしても「炒まる」はおかしいような、、、と、この違和感の正体がわからずにもやもやしているところです。


乾かしてから、前髪の調節をしていきますね。

17053101

普段通っている美容室にて。隣の席の女性客を担当していた美容師さんが呟いたこんな一言が気になりました。

乾かしてから、前髪の調節をしていきますね。

前髪の調節? 間違いではないと思いますが、何だか微妙なひっかかりのようなものを感じました。

個人的には、この場合「調節」よりも「調整」の方がしっくりくるような気がします。

帰宅後にさっそく辞書を引いてみました。

ちょうせつ[調節]

ほどよく調子をととのえること。

「三省堂国語辞典 第七版」

ちょうせい[調整]

  1. 全体がうまく行くように、それぞれの部分の調子をあわせること。
  2. 〔ぐあいの悪いところ・(からだの)調子を〕ととのえること。
  3. 〘農〙米の もみがらを取り去って、玄米にすること。もみすり。

「三省堂国語辞典 第七版」

調節は「ほどよく」、調整は「全体がうまく行くように」。

わかるようでわからない説明です。

例えば、次の例にはどんな違いがあるでしょう?

  • 室内の温度を調節する
  • 室内の温度を調整する

「違いはない」と言い切ってしまってもよいのですが、頭の中で何度も反芻しているうちに、次のような微妙な差異があるように思えてきました。

  • 調節=人間にとって快適に修正する(暑いので温度を下げる、寒いので温度を上げる等)
  • 調整=目的に対して正しく修正する(クールビズなので温度を高めに設定する等)

ただこの違いをさきほどの前髪に当てはめてみると、やはり「調整」よりも「調節」の方が合っているのかなと思ったり。。。

どうもよくわからなくなってしまったので、この問題はもう少し考えてみたいと思います。

 
三省堂国語辞典 第七版 三省堂国語辞典 第七版
価格: ¥1,700(記事公開時)
カテゴリ: 辞書/辞典/その他, 教育
App Storeで詳細を見る


さましていなければ「白湯」ではない?

17052701

朝起きると、まずは一杯の「白湯(さゆ)」を飲むことにしています。

起き抜けの乾いた体に少しずつ水分が染み渡っていく感覚が気持ちよく、次第に頭もすっきりとしてきます。

ところが、最近この白湯の定義に疑問が生じました。

私はお湯を沸かして比較的熱いままの状態で飲んでいるのですが、その話を同僚などにすると「白湯というのは、さました湯のことなのでは?」と言う人がいるのです。

もちろん私も沸騰直後の湯をそのまま飲んでいるはずはなく、少しはさました(というか自然にさめた)ものを飲んでいます。

ただここでのポイントは、白湯というのは意図的にさましたものを指すのかどうかということ。

この疑問を明らかにするため、手持ちの国語辞書を引いてみました。

さゆ【白湯】

飲用のための、沸かした湯。

「新明解国語辞典 第七版」

さゆ【白湯】

わかしただけで、何も入れない飲用の湯。

「ベネッセ表現読解国語辞典」

さゆ【白湯】

わかしただけで、何もまぜないで飲む湯。

「角川必携国語辞典」

さゆ【白湯】

味をつけたり、ほかのものを入れたりしない、ただの湯。

「三省堂国語辞典 第七版」

さゆ【白湯】

何もまぜない湯。

「広辞苑 第五版」

調べた範囲では、語釈に「さます、さめた」と入っている辞書はありませんでした。

むしろ「何も入れない」ことを白湯の本質としている辞書が多いようです。

これを見る限りは、意図的にさましていないものも含めて白湯と呼んでよいと思うのですが、どうなのでしょう?

 
新明解国語辞典 第七版 公式アプリ 新明解国語辞典 第七版 公式アプリ
価格: ¥1,900(記事公開時)
カテゴリ: 辞書/辞典/その他, 教育
App Storeで詳細を見る

 
三省堂国語辞典 第七版 三省堂国語辞典 第七版
価格: ¥1,700(記事公開時)
カテゴリ: 辞書/辞典/その他, 教育
App Storeで詳細を見る


いわゆる「おちゃのみず」の表記について

17051701

先日、神保町から御茶ノ水の界隈を歩く機会がありました。

そのときにふと思ったのが「おちゃのみず」には様々な表記があるなということ。

まず目に付くのは、漢字の「御」とカタカナの「ノ」、ひらがなの「お」とひらがなの「の」という組み合わせ。

  • 御茶ノ水駅
  • お茶の水女子大学

また漢字の「御」とひらがなの「の」という組み合わせもあるようです。

  • 御茶の水美術専門学校
  • 御茶の水美術学院

しかしひらがなの「お」とカタカナの「ノ」という組み合わせだけはどうしても見つかりませんでした。

  • × お茶ノ水◯◯

これらの文字使用状況を整理すると次のようになります。

◯ お茶の水 ◯ 御茶の水
× お茶ノ水 ◯ 御茶ノ水

 

調べてみると、地名としての「おちゃのみず」は文京区湯島〜千代田区神田一帯の通称であり、「おちゃのみず」という住所表記は存在しないとのこと。*御茶ノ水駅があるのは文京区湯島

もしかしたら、そんなことも様々な表記が並立する一つの要因なのかもしれません。

みなさんはどの「おちゃのみず」が好みでしょうか?


「有給休暇」の短縮形は「有休」と「有給」のどちらが正しいのか?

17051601

会社員の人なら一度は考えたことがある内容かもしれません。

「有給休暇」の短縮形は「有休」と「有給」のどちらが正しいのでしょう?

改めて国語辞書を引いてみると、どちらも見出し語になっていることがわかりました。

ゆうきゅう[有休](名)

←有給休暇。

「三省堂国語辞典 第七版」

ゆうきゅう[有給](名)

  1. 給料がしはらわれること。「ー休暇〔=給料をもらいながら取れる休暇。有休〕」(←→無給)
  2. ←有給休暇。

「三省堂国語辞典 第七版」

これによると、どちらの見出し語にも「有給休暇」の意味が出ています。

つまり有休と有給の違いというのは、有給休暇の一文字目と三文字目をとるか、一文字目と二文字目をとるかという違いであって、どちらも正しいということ。

ただ有給の方には、もう一つ「給料がしはらわれること」という意味も出ています。

ということは「有給」と表現した場合、別の意味に解釈されてしまう可能性もあるので、有給休暇の意味で使いたいときには「有休」と表現した方が確実とも言えるでしょう。

ただ個人的には「有休・有給」どちらの表記にもちょっとした収まりの悪さのようなものを感じてしまいます。

「ゆうきゅう」というのは、当然ながら休みがあるだけ、給与があるだけではなく、その両方があってはじめて「ゆうきゅう」になります。

しかし有休という字面に「給与がある」という意味は含まれていませんし、有給という字面に「休みがある」という意味は含まれていません。それらの意味は略された部分にあるのです。

そのため会話では普通に使っていた「ゆうきゅう」を漢字で書こうとしたときに、「あれ? ホントにこれでいいのかな?」と思ってしまうのかもしれません。

みなさんはいかがでしょうか?

 
三省堂国語辞典 第七版 三省堂国語辞典 第七版
価格: ¥1,700(記事公開時)
カテゴリ: 辞書/辞典/その他, 教育
App Storeで詳細を見る


忘れ物はない?

17051201

わすれもの[忘れ物](名)

置き忘れ<たもの/ること>。

「三省堂国語辞典 第七版」

英語で表現するのが難しい日本語の一つに「忘れ物」があります。

和英辞書を引くと出てくるのは a thing left behind, lost property のような表現。

ただ a thing left behind は説明的ですし、lost property は硬いイメージ。どちらも「忘れ物」のような日常使いの単語ではありません。

そもそも何か忘れ物をしたとき、英語なら、

I left my umbrella on the train.

のように言うのが普通でしょう。

とりたてて「忘れ物」という名詞表現は必要ではないはずです。

一方、日本語でも「電車に傘を置き忘れた」と言うことはもちろん可能。ただ「忘れ物をする」という表現も日常的に使われています。

母:忘れ物はない?
先生:◯◯さんは忘れ物が多いですね。

昔よく言われたセリフを思い出してみると、忘れ物というのは何か特定のものを忘れたときより、一般的・習慣的な話をするときによく使われるのかもしれません。

ただこれも考えてみれば不思議なこと。物を忘れると言えば済むところを、わざわざ忘れ物という名詞を作って、そこに動詞のするを付け加えているということになります。

なぜ、こんなに回りくどいことをするのでしょう?

それはわかりませんが、忘れ物という日本語には忘れ物という単語でしか伝えられない独特のイメージがあるように思います。

もしかしたら、その多くは私たちの子ども時代の記憶と結びついているのかもしれません。

 
三省堂国語辞典 第七版 三省堂国語辞典 第七版
価格: ¥1,700(記事公開時)
カテゴリ: 辞書/辞典/その他, 教育
App Storeで詳細を見る


cialis viagra online accutane