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日本語

「老舗」は何と読む?

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鎌倉界隈にはいわゆる「老舗」の喫茶店がたくさんあります。休みの日にそんなお店を訪ね歩くのが最近の楽しみになっています。

今回はこの「老舗」という単語について。

しにせ【老舗・老肆】

〔為(シ)似せ、つまり父母の方針を守って踏み外さぬようにする意〕先祖代代の事業を守って(繁盛して)いる店。

「新明解国語辞典 第七版」

「老舗」という漢字を「しにせ」と読むのは考えてみると不思議な感じがしませんか。

「老舗」という漢字のどこにもそのような音のイメージはありません。ただしその漢字を当てるからには、そこには何らかの理由があるはず。

この場合も「老」「舗」という一文字単位のイメージと、老舗という言葉の「意味」は重なり合っています。おそらくそのような理由によって生まれた一種の当て字なのでしょう。

ところでこの「老舗」を「ろうほ」と読む人がいたら、間違いを指摘したくなりますが、たいていの辞書には「ろうほ」という読み方も掲載されています。

ろうほ【老舗】

「しにせ」の漢字表記の字音に従って読んだ文字読み。

「新明解国語辞典 第七版」

日常会話で使われているのを聞いたことはありませんが、こんなストレートな読み方もあるんですね。

辞書をパラパラとめくっていて偶然目にした思わぬ発見でした。

 
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「無」について考える

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鎌倉円覚寺の横田南嶺管長の法話を集めた『いろはにほへと』という本を読んでいたら、次のような一節に目が止まりました。

学生:無とはなんですか?

老師:辞書を調べると、「無」には実は自然・草が生い茂るという意味もあります。花が咲き、鳥がさえずるなど、天地自然の様子のことです。

『いろはにほへと 三』P.20

このあたりの仏教的、哲学的な議論をするための知識は残念ながら持ち合わせていないのですが、これを読んでいて「無」の辞書的な定義が気になったので、辞書をいくつか調べてみました。

まずは「広辞苑」から。

む【無・无】

  1. ないこと。存在しないこと。欠けていること。
  2. ㋐或るものがないこと。特定存在の欠如。何らかの有の否定。 ㋑いかなる有でもないこと。存在一般の欠如。一切有の否定。 ㋒万有を生み出し、万有の根源となるもの。有と無との対立を絶したものとされ、インド思想に見られ、老子などに説かれ、西洋にも古くからある。絶対無。

「広辞苑 第五版」

考えてみると、私たちが「◯◯がない」と言うときには、通常何かの存在を前提としています。

例えば「お金がない」と言うときにはお金というものがどこかに存在しなければならない訳で、もともとお金というものが存在しなかったならば「お金がない」という概念自体も存在しなくなってしまいます。

つまり「◯◯がない」という表現は「あるものがない」という意味で使われるということ。

しかし「もともと◯◯が存在しない」のだとすれば、「ある」も「ない」も消えてしまい、未分化の状態が立ち現れてくるということなのでしょうか。

続いて「デジタル大辞泉」の定義を。

む【無/×无】

  1. 何もないこと。存在しないこと。
  2. 哲学の用語。 ㋐存在の否定・欠如。特定の存在がないこと。また、存在そのものがないこと。 ㋑一切の有無の対立を超え、それらの存立の基盤となる絶対的な無。
  3. 禅宗で、経験・知識を得る以前の純粋な意識。「ーの境地」

「デジタル大辞泉」

こちらには、3番目の意味として禅宗における「無」がのっています。

人が生まれ落ちたときに明確な意識があるのだとすれば、誰もがみな一度はここで述べられているような「経験・知識を得る以前の純粋な意識」というものを持っていたということになるのでしょうか。

そうだとすれば、それがいったいどのようなものであったのか、思い出すことができないというのはとても残念なこと。

ただそういう境地に思いを馳せてみるというのはすごく面白いことだと思います。

わかっているつもりの言葉でも、改めて辞書を調べてみると、思いがけない世界が広がっているものですね。

 

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ノコノコとやって来る

photo credit: cyan fantasy via photopin (license)

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小学生のときに初めて買ってもらったファミコンのソフト『スーパーマリオブラザーズ』にノコノコというカメのキャラクターが出てきました。

甲羅を上からひゅっと踏みつけて、ぱかんと蹴っ飛ばし、溝に落としてやっつけます。

全然強い敵ではないのですが、どこか愛嬌があって、その後のシリーズにも必ず登場する名物キャラクターの一つでした。

その「ノコノコ」を辞書で引いてみると、次のような語義が出ています。

のこのこ

常識ある人間なら遠慮する状況なのに、当人は少しも気にするふうもなくその場に現われる様子。「今ごろになってーやって来るなんて」

「新明解国語辞典 第七版」

のこのこというのは、このようにかなり辛辣な意味の単語。恥知らずというニュアンスが込められています。

ノコノコの立場からすれば、マリオを倒すためにせっせと頑張っているというのに散々な言われよう。

なおスーパーマリオブラザーズのノコノコには甲羅が緑色のものと赤色のものの二種類があって、緑色のものは溝があってもそのまま突っ込んでしまう猛進型、赤色のものは溝があるとUターンする慎重型。

大半のノコノコは緑色なので、マリオに踏みつけられなくても溝にすとんと落ちてしまいます。

そんなノコノコの様子を思い浮かべていると、のこのこには「恥知らず」の他に「まぬけ」という意味もあるなということに思い至りました。広辞苑の語義はもう少しそちら寄りになっています。

のこのこ

危険な場所に不用意に出かけたり、出ては具合が悪い場面にのんきに現れたりするさま。

「広辞苑 第五版」

いずれにしてもノコノコというのは言い得て妙な名前。今でもマリオシリーズに出ているのかどうかはわかりませんが、末永く活躍してもらいたいと思います。

 
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こめかみの謎

スルメやビーフジャーキーをもりもり食べていると、あごだけではなく、こめかみのあたりが痛くなってくることがあります。

こめかみ【顳顬・蟀谷】

〔米顬(カミ)の意〕耳の上、髪の生えぎわの所。物を噛むとその部分が動く。

「新明解国語辞典 第七版」

この「こめかみ」という単語、考えて見るとなぜ「こめかみ」なのでしょう?

ごはんを食べているときに、こめかみの部分が動いたり、こめかみの部分を意識したりすることはあまりないように思います。

スルメやビーフジャーキーとは言わずとも、「もっと歯ごたえのあるもの+かみ」でもよかったのではないかと。

そんなことが気になったので調べてみたところ、昔の日本においては、米を生米の状態で食べており、そこからこめかみという言葉が生まれたのだそう。

たしかに生米をポリポリポリと食べることを想像すると、こめかみのあたりがじーんと痛くなってくることが想像できます。

現代に生きる私たちは、このこめかみという単語から、柔らかいごはんが食べられることに感謝すべきなのかもしれません。

 
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パーセント団子

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%

パーセント【per cent; percent】

100分のいくつに当るかを示す語。百分率。プロセント。記号%

「広辞苑 第五版」

パーセント記号(%)を見ると、どういうわけか串から外れた団子を思い浮かべてしまいます。

斜めの串で左上と右下の団子を刺してあげると、馴染みのある串団子の状態に戻る訳ですね。

そんな味わいのあるパーセント記号、数字の100を変形したものなのだろうと思っていたのですが、調べてみるとその由来には諸説あるようです。

有力な説はイタリア語の per cento(for a hundred)に由来するというもの。

その説によると per cento → pc → % という段階を経て、現在の記号になったのだそう。

ただそのような成り立ちの経緯があったとしても、%の形が数字の100に似ているのは間違いのないところ。

そうでなければ次のような記号が生まれることもなかったでしょう。

パー・ミル【per mill】

1000分のいくつかを表す語。千分率。プロミル。記号‰

「広辞苑 第五版」

パーミルという単位は伝統的に鉄道の勾配を表すのに使われるようです。

もし40パーミルの勾配と言えば、1000メートル進んだときに40メートル登るということになります。

あるいは次のような記号も。

こちらは万分率を表すパーミリアド記号と呼ばれるもの。

この調子でどんどん団子を増やしていけるのだろうか?とも思ったのですが、さすがにこれで打ち止めのよう。

団子は4個までというのは、分量的にほどよいところなのかなと思います。


じぶん、てめえ、おのれ

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日本語には実に様々な一人称代名詞があります。

思い付くままに挙げてみれば「あたし、おいら、おれ、ぼく、わし、わたくし、わたし」などなど、

そんな仲間の一つに次の単語を入れてあげてもよいでしょう。

じぶん【自分】

  1. おのれ。自身。自己…
  2. わたくし。われ。

「広辞苑 第五版」

ただしこの「自分」という単語には、他の一人称代名詞とは異なる大きな特徴が一つ。

それは(主に関西で)二人称の意味で使われることもあるということ。

自分、いったい何やっとんねん!

みたいな表現ですね。

このように一つの代名詞が一人称と二人称の両方になるというのはかなり不思議な現象。

他にもこういう単語はないだろうか?と思って探してみると、、、

てめえ【手前】

  1. 自分。わたくし。
  2. 相手を卑しんでいう語。おまえ。

「広辞苑 第五版」

おのれ【己】

  1. (一人称)わたくし。われ。
  2. (二人称)目下の者に、または人をののしる時にいう。きさま。こいつ。

「広辞苑 第五版」

もし日本語を外国語として学んでいる人が、これらの単語の意味を知ろうとして辞書を引いたら、おそらく混乱してしまうのではないでしょうか。

一人称と二人称がこんな風に重なっているというのは、いったいどういうことなのか、とても説明できそうにはありません。

世界の数ある言語の中に、こんな表現を持っている言語は果たして他に存在するのでしょうか?


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