cialis viagra online accutane

とりどり

レストランで注文をするときに

photo credit: ninfaj Coffee Time via photopin (license)

photo credit: ninfaj Coffee Time via photopin (license)

海外でカフェレストランなどに入ったときに、どのように店員さんを呼べばよいのか迷ってしまうことはありませんか。

回りのお客さんの振る舞いを観察していると、声をかける代わりに自然なアイコンタクトでコミュニケーションをとっている人が多いように見えます。しかしそのまま真似をしようとしても、気後れしてしまうせいか、なかなか上手にできません。

ただ一方では、日本にやってくる外国人観光客は別の難しさを感じているのかもしれません。

書棚に置いてあった旧版の中学英語の検定教科書『New Horizon 3』をめくっていたら、次のような一節に目が止まりました。

When you want to order in Japanese restaurants, you usually say, “Sumimasen,” in a loud voice. But in America, we just raise our hand and make eye contact. So I still have a hard time in Japanese restaurants. I always say, “Sumi…uh, uh, sumimasen,” too quietly. It’s not easy for me to get food. So I get very hungry.

外国の人にとっては、日本式に「すみません」と声をかけるのが高いハードルなんですね。

ただ今の日本では(少なくとも大衆的なお店では)ボタンを押して店員さんを呼ぶ仕組みを採用しているところも多くあります。

あるいはタッチパネルで注文までできてしまう居酒屋や回転寿司屋なども。

ああいう日本的な方法というのは外国人観光客の目にはいったいどのように映っているのでしょう?

「すみません」と声をかけるよりは楽だと思われているのか、それともさらにハードルが高いと思われているのか、果たしてどちらでしょうか。


世界史の教科書の中の北欧

photo credit: Miguel Virkkunen Carvalho Winter Scene via photopin (license)

photo credit: Miguel Virkkunen Carvalho Winter Scene via photopin (license)

今、枕元に置いてあるのが山川出版社の『詳説世界史B』の教科書。

これを毎晩少しずつ読み進めるのが、最近のちょっとした楽しみになっています。

それにしても「世界史」と言うからには、北欧の歴史なども少しくらい扱っているものなのでしょうか?

索引から調べてみると、「第11章 欧米における近代国民国家の発展」の中にこんな記術がありました。

北ヨーロッパ諸国の動向

スウェーデンは北方戦争に敗れてバルト海の制海権を失い、北ドイツの領土もプロイセンに奪われた。しかし19世紀初めには憲法が制定され、やがて責任内閣制が成立した。ノルウェーはウィーン会議の結果、スウェーデン領となったが、独自の憲法をもち、1905年に国民投票により平和的に独立した。デンマークは、1864年にシュレスヴィヒ・ホルシュタインを失ったが、以後、農業・牧畜を主とする国づくりにつとめた。これら北欧3国はいずれも立憲君主制で議会の力が強く、政治・経済が安定し、外交面では列強主導の国際政治に関与しない自主的な平和路線をとり、国内の改革に力をそそいだ。

『詳説世界史B』P.271

教科書全体で北欧が登場するのはたったのこれだけ。3分の1ページ。

しかも気付いた人は気付いたと思いますが、スウェーデン・ノルウェー・デンマークの名前はあるのに、フィンランドについては言及なし。

どこかにフィンランドの「フ」の字くらいはないのだろうかと探していると、さきほどのページの一番下、注釈の部分にこんな一行を発見!

フィンランドも長くスウェーデン領であったが、1809年にロシアに割譲された。

That’s all.

もちろん教科書というのはスペースが限定されているのでやむを得ない面はありますが、「たったこれだけかーい」と寂しい気持ちになってしまいました。

この教科書を読み終わったら、いずれ北欧の歴史に関する本なども読んでみたいですね。


言語とは何か

16093001

大学院時代の恩師K先生は、言語教育に携わる人間は常に「言語とは何か」ということを問い続けなければならない、とよく言っていました。

今回のエントリーでは、ある日の思考の断片をそのまま掲載してみたいと思います。

 

「言語とは何か」− ある日の思考

言語というのは道端に落ちている石のようなものではありません。ネアンデルタール人はある日、石を拾って「これは武器になるかもしれないぞ」と思ったのかもしれない。しかし言葉を拾って「これはコミュニケーションに使えるかもしれないぞ」と思ったわけではないでしょう。

あたりまえと言えばあたりまえのことですが、言語は「そこにあった」ものではなく「求めて得られた」ものなのだ、という事実はこの問いを考える上で重要な示唆を与えてくれるような気がします。つまり言語の本質は「機能」だということ。

ではその機能とは何かと言えば、やはりコミュニケーションということになるのでしょう。ただ「言語はコミュニケーションのツールである」という言説はシンプルで多くの人に受け入れられるものだと思いますが、その場合「コミュニケーションとは何か」という問いにも答えなければなりません。

その際に考えなければならないのは、言語というのは多様だということ。これは日本語や英語という言語の種別のことではなく、60億人の人間がいれば60億種類の言語があるということを言っています。

例えば日本語を母語とする人の集団は共通の言語を持っているという前提で係り合っていますし、日々の生活の中でいちいちそれを疑ったりはしません。

「ちょっとビールを買ってきて」とお願いすれば「スーパードライ」か「プレミアムモルツ」かはわかりませんが、何らかのビールを買ってきてくれることでしょう。間違っても「明治 おいしい牛乳」を買ってきたりすることはありません、

しかしこれが抽象的な言葉となると話は別です。

例えば「愛」という言葉が意味するものは人それぞれ。このギャップが人間社会の主な軋轢を生み出していると言ったら言いすぎでしょうか?

「この人の愛情の示し方は、私が思うものとは違う。でもそれを受け入れよう」などという寛容の精神を発揮するのは難しいこと。

しかし視点を変えれば、この多様性が人間社会のコミュニケーションの動力になっているのかもしれません。言語のギャップを埋めるために人々はお互いに言葉を尽くし、時には詩や物語という形式に託してメッセージを伝えようとします。

しかし仮に人類の究極の進化形態として言語における完全同一性(例えば「愛」という言葉から、全員が完全に同一の意味理解をする)が実現されたとしたら、いったい何が起こるのでしょう?

人々はお互いに理解し合い、心の平穏が訪れるのかもしれないし、あるいは新たな軋轢が生まれるのかもしれません。
(誤解に基づいた平和というものもあるでしょうから。)

どちらにしても私たちのコミュニケーションを支えていた何かが失われ、全く新しい世界が出現することでしょう。一つの思考実験として、じっくりと考えてみたいテーマではあります。


重陽の節句

16090901

本日9月9日は重陽の節句なのだそうです。

ちょうよう【重陽】

九月九日の節句。

「新明解国語辞典 第七版」

せっく【節句】

〔祭日に特別の食物を神に供え、自分たちも食べたことから〕五節句(の一つに当たる日)。

「新明解国語辞典 第七版」

調べてみると、節句の「節」というのは季節の「節目」という意味。

そして五節句というのは、江戸時代に定められた次の5つの祝日のこと。

人日(じんじつ) 1月7日
上巳(じょうし) 3月3日
端午(たんご) 5月5日
七夕(しちせき) 7月7日
重陽(ちょうよう) 9月9日

 

1月7日の人日以外はきれいに奇数のゾロ目が並んでいますね。

3月3日(桃の節句)、5月5日(菖蒲の節句)、7月7日(七夕)に比べると、9月9日というのは一般にはあまり意識されていないように思います。

他の節句と比べて、何をしたらよいのかはっきりとわからないというのもその一因かもしれません。

  • 3月3日=雛人形を飾る
  • 5月5日=菖蒲湯に入る
  • 7月7日=短冊に願い事を書く
  • 9月9日=???

調べてみると、9月9日は旧暦で菊の咲く時期に当たることから、菊の節句とも呼ばれるのだそう。

きくのせっく【菊の節句】

陰暦九月九日に行なった節句。重陽(チョウヨウ)の節句。

「新明解国語辞典 第七版」

よって重陽の節句が盛んだった頃には、菊の花を生けたり、日本酒に菊の花を散らした菊酒を飲んだりしたそうです。

そのように聞くと、他の節句に比べて、大人の楽しみという感じがしませんか。

新暦では季節感が合わないのかもしれませんが、このまま廃れさせてしまうにはもったいない年中行事の一つだと思います。

 
新明解国語辞典 第七版 公式アプリ 新明解国語辞典 第七版 公式アプリ
価格: ¥1,900(記事公開時)
カテゴリ: 辞書/辞典/その他, 教育
App Storeで詳細を見る


how to CALL an ambulance

英語辞書の ambulance の項を読んでいたら、次のような記述に出会いました。

英米の救急車

(米)では911、(英)では999に電話をして、”(I need) an ambulance(, please).” と言って救急車を呼ぶ。

「ウィズダム英和辞典 第3版」

なるほど。救急車を呼ぶときの番号は、アメリカでは911、イギリスでは999なんですね。

どの国の番号も1と9を使っているのには何か意味があるのでしょうか?

もしかしたら回転ダイヤル式の黒電話の時代には、ダイヤルを回す距離が短い番号と長い番号という組み合わせがわかりやすかったのかもしれません。

それにしても救急車を呼ばなければならないような状況で、何番に電話すればよいのかわからないというのは恐ろしいシチュエーションではないでしょうか。

今更ながら、これまでに行ったことがある国の救急の電話番号を調べてみました。

イギリス 999
アメリカ合衆国 911
オーストラリア 000
ニュージーランド 111
韓国 119
台湾 119
フィンランド 112
エストニア 112

 

2年以上も住んでいたオーストラリアの番号が000だというのは今初めて知りました。

その当時に調べなくて済んだということを喜ぶべきなのかもしれませんが、、、今度外国に行くときにはその国の救急の電話番号くらいは調べておこうとも思います。

 
ウィズダム英和・和英辞典 2 ウィズダム英和・和英辞典 2
価格: ¥2,900(記事公開時)
カテゴリ: 辞書/辞典/その他, 教育
App Storeで詳細を見る


時計回りと反時計回りをめぐって

16083101

リオデジャネイロオリンピックの400mリレー(4×100mリレー)の映像を見ながら「反時計回り」は英語で何と言うのかな?と考えていました。

考えてもわからないときには、辞書を引いてみましょう。

clockwise

moving around in the same direction as the hands of a clock

「Oxford Advanced Learner’s Dictionary」

counterclockwise

in the opposite direction to the movement of the hands of a clock

「Oxford Advanced Learner’s Dictionary」

時計回りは clockwise、反時計回りは counterclockwise。

それにしても陸上のトラックというのはなぜ反時計回りに走るのでしょう?

もしかしたらどちらでもよかったのかもしれませんが、大会ごとに向きが変わるようだと選手も大変でしょうから、誰か偉い人が「反時計回りに統一します!」と決めたのかもしれません。

ただ本当にどちらでもよいなら、わざわざ「反」時計回りにしなくても、日常見慣れている時計回りでよさそうなもの。

なぜ反時計回りを選んだのか聞いてみたいような気もします。

一方、自然界を見渡してみると、地球の自転というのは北極の側から見て反時計回りになっているそうです。

ということは、(北半球に住んでいる)人間の体というのは時計回りより反時計回りに馴染んでいるという可能性もあるのでしょうか。

医学的に立証するのは難しそうですが、この問題を検証するためのよい方法を思い付きました。それは2020年の東京オリンピックで通常の400mリレーの他に「時計回り400mリレー」を正式種目として採用すること。

果たしてどのような結果になるのでしょう?

 
オックスフォード現代英英辞典 公式アプリ日本版 オックスフォード現代英英辞典 公式アプリ日本版
価格: ¥3,000(記事公開時)
カテゴリ: 辞書/辞典/その他, 教育
App Storeで詳細を見る


cialis viagra online accutane