The Three-Cornered World − 漱石の『草枕』を英語で読む

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海外のある程度大きな書店に行くと、Literature(文学)の棚に日本の小説の翻訳を見かけることがあります。

そのタイトルを見て「こんな風に訳すのか」と関心したり、驚いたりすることも。

例えば夏目漱石の中・長編小説の一般的な英訳は次のとおり。

吾輩は猫である I Am a Cat
坊っちゃん Botchan
草枕 The Three-Cornered World
二百十日 The 210th Day
野分 Nowaki
虞美人草 The Poppy
坑夫 The Miner
三四郎 Sanshiro
それから And Then
The Gate
彼岸過迄 To the Spring Equinox and Beyond
行人 The Wayfarer
こころ Kokoro
道草 Grass on the Wayside
明暗 Light and Darkness, a novel


なるほど!というものもあれば、どうにも訳せないので日本語そのままになっているもの(坊っちゃんなど)もありますね。

『行人』の wayfarer という単語は初めて見たので、辞書で調べてみました。

wayfarer

a person who travels from one place to another, usually on foot.

『Oxford Advanced Learner’s Dictionary』

way は「道」、fare は「旅をする」の意味。

少し古風で『行人』という語感にはぴったりの単語かもしれません。

もう一つ気になったのは『草枕』の英題 The Three-Cornered World。

一見すると原題と全く関係ないタイトルです。この名付けの由来について、翻訳者のアラン・ターニー(Alan Turney)は、Introduction の中で次のように述べています。

Kusa Makura literally means The Grass Pillow, and is the standard phrase used in Japanese poetry to signify a journey. Since a literal translation of this title would give none of the connotations of the original to English readers, I thought it better to take a phrase from the body of the text which I believe expresses the point of the book.

(『草枕』の文字通りの意味は The Grass Pillow であり、日本の詩歌で「旅」を表す一般的な表現である。この表題を文字通りに訳しても、英語圏の読者には含意が伝わらないであろうから、私がこの作品の核心を表していると思うフレーズを本文から抜粋した方がよいと思った。)

『The Three-Cornered World − Introduction』*日本語は拙訳

ここでターニーが核心部分と呼ぶ『草枕』の一節とその英訳は次のとおり。

して見ると四角な世界から常識と名のつく、一角を磨滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう。

an artist is a person who lives in the triangle which remains after the angle which we may call common sense has been removed from this four-cornered world.

ここで少し個人的な話をすると、この『草枕』は学生のときに読んだものの、当時は漢文調の文体にあまりついていけず、半分も理解できたかどうかあやしいという感じでした。

しかし妙に心残りなところがあり、いつかもう一度読みたいと思っていたのです。

なお『草枕』で最もよく引用されるのは冒頭の部分でしょう。この部分だけは今でもよく覚えています。

山路を登りながら、こう考えた。

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。

Going up a mountain track, I fell to thinking. Approach everything rationally, and you become harsh. Pole along in the stream of emotions, and you will be swept away by the current. Give free rein to your desires, and you become uncomfortably confined. It is not a very agreeable place to live, this world of ours.

それにしても流れるようなきれいな英語ですね。

正直、漱石の原文を見ても、どのように英訳したらよいのか皆目見当が付きませんが、素人なりにこの英文には唸らされました。

原文の意を損なわずに、リズムのある美しい英文を作り出しています。

英語で全文を通読するのは大変だとしても、日本語で一度『草枕』を読んでいる人なら、ところどころパラパラとページをめくってみるのもおもしろいと思います。
 

Three-Cornered World
Three-Cornered World

posted with amazlet at 13.12.01
Tuttle Publishing (2011-12-20)