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「さん」それとも「やま」? − 山名における「山」の読み方について

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この前、箱根の北端にある金時山という山に登った話を書きました。

山歩きのきろく(1)− くもり空の金時山[2017.09]

その金時山からの下山中、ふと頭をよぎったのが、

今歩いている山は「きんときやま」それとも「きんときさん」?

という疑問。

そんなことを考えながら歩いていたら、山を下りたところの登山口にお誂え向きの看板が出ていました。しかし、、、

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お隣の明神ヶ岳は Mt. Myojingatake となっているのに、金時山は Mt. Kintoki となっているので「山」の読み方がわかりません!

仕方ないので、スマホで調べてみると、Wikipedia には「きんときやま・きんときさん」という二つの読み方が併記されていました。

ということは、金時山の場合、正式な読み方は統一されていないということなのでしょうか?

ただ登山時に撮影した写真を見直してみると、山頂の標識には「きんときやま」のルビが振られています。

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実際、感覚的には「きんときやま」の方がしっくりくるのですが、もちろん感覚だけで決めてよいというものでもないでしょう。

この「さん・やま」問題はなかなかやっかいで、以前に登った奥多摩の御岳山なども人に説明をするときに「みたけさん」なのか「みたけやま」なのかわからなくなってしまうことがあります。

こちらの場合は「みたけさん」が正解。

一方では、その字面から絶対に読み方を迷わないような山名もあります。

例えば、昔登った秩父の「丸山」という山があるのですが、さすがにこれを「まるさん」と読む人はいないでしょう。

さん やま
金時山 ◯ きんときさん ◯ きんときやま
御岳山 ◯ みたけさん × みたけやま
丸山 × まるさん ◯ まるやま

 

何となく「さん」の方が大きな山、「やま」の方が小さな山というイメージがあるのですが、3000m峰の立山(たてやま)のようなケースもあるので一概には言えません。

このあたり何か法則のようなものはあるのでしょうか?


中国の全てのお茶

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このところ出勤前の朝にはコーヒー、休日の朝には紅茶を飲むのが、何となく自分なりのルールになっています。

じっくりと淹れた紅茶をゆっくりと時間をかけて飲むのは最高の贅沢の一つ。

ところで、みなさんは紅茶の産地といえば、どこの国が思い浮かびますか?

調べてみると紅茶の生産量で世界第一位の国はインド、ただ紅茶に限らず茶葉の生産量で世界第一位の国となると中国のようです。

そんな中国のお茶に関する面白い表現が英語辞書に出ていました。

not for all the tea in China

(old-fashioned) not even for a great reward

I wouldnʼt do your job. Not for all the tea in China!

「Oxford Advanced Learner’s Dictionary」

not for all the tea in China は「どんな報酬をもらっても」の意味。

例文を字義どおりに訳せば「中国の全てのお茶をもらっても、あなたの仕事はしたくない」となります。(どんな仕事なんでしょう?)

この表現は、ある意味、中国のお茶というものに対する最高の賛辞。

ただここはインドやスリランカの紅茶が好きな人なら、

not for all the tea in India
not for all the tea in Sri Lanka

日本茶が好きな人なら、

not for all the tea in Japan

と言いたいところかもしれません。

みなさんならどこの国のお茶を選びますか?


冠詞 a の新用法 − from The New Yorker

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『The New Yorker』のウェブサイトに Merriam-Webster の辞書編纂者の回想録が掲載されています。

A Lexicographer’s Memoir of Merriam-Webster in the Internet Age | The New Yorker

記事の冒頭、辞書づくりで一番大変なのは do, run, about, take などの small word(=簡単な言葉)の語義を記述することだというエピソードが出てきます。

Merriam-Webster の担当者は take の項目を改訂するのに一か月かかり、Oxford English Dictionary の担当者は run の項目を改訂するのに何と九か月かかったとのこと。

たしかに辞書をつくる上では、簡単な言葉ほど記述が難しく、難しい言葉ほど記述が簡単なのだろうということは想像できます。

しかしその割に私たちは take や run の項目をじっくりと読むことはありません。ただひとたびそれらのページをめくってみれば、そこに割かれた労力の大きさを感じることはできるはずです。

そんな small word の究極はおそらく冠詞の a や the ではないでしょうか。

もし辞書の編纂に携わることになったとして「a の担当をお願いします」なんて言われたら、途方に暮れてしまいそうです。

ただ今回の『New Yorker』の記事で一番印象に残ったのは、ある編纂者が用例収集の過程で「a の新しい使い方」を見つけたことを自身のキャリアのハイライトとして挙げている部分でした。

ちょっと長くなりますが、そのまま引用してみたいと思います。

For Emily Brewster, one of Stamper’s colleagues, a career highlight was discovering a previously unrecorded sense for the indefinite article “a”: “used as a function word before a proper noun to distinguish the condition of the referent from a usual, former, or hypothetical condition.” Stamper gives as an example, “With the Angels dispatched in short order, a rested Schilling, a career pitcher 6-1 in the postseason, could start three times if seven games were necessary against the Yankees”: “a rested Schilling” tells us that, in contrast to his current rested state, he is not usually rested, or he had not been rested previously, but now he is.

引用文中の a rested Schilling という表現に注目してみてください。

Schilling というのは、アメリカのメジャーリーグで通算216勝を挙げた大投手カート・シリングのこと。

そのキャリアを通して hardworker の印象があったシリングですが、このポストシーズンでは休養十分。その普段とは違う状況を a rested Schilling と表現しています。

この a の使い方が既存の辞書には載っていないと気付いたときの編纂者の気持ちはどのようなものだったでしょう?

辞書をつくる人のロマンというのはこんなところにあるんだろうなあと感じさせられた素敵なニューヨーカーの記事でした。


ハリー・ディーン・スタントンのこと

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アメリカの俳優ハリー・ディーン・スタントンが15日に91歳で亡くなりました。

。。。というニュースを最初に見たのは、ツイッターのタイムラインに流れてきたフィンランド国営放送 yle のツイートでした。

これも何かの縁ということで、記事の抜粋を訳してみます。

Näyttelijä Harry Dean Stanton on kuollut

Monista mieleenpainuvista sivurooleista tunnettu Harry Dean Stanton on kuollut. 91-vuotiaana kuollut Stanton on näytellyt seitsemällä eri vuosikymmenellä.

俳優ハリー・ディーン・スタントン亡くなる

多くの印象に残る脇役で知られるハリー・ディーン・スタントンが亡くなった。91歳で亡くなったスタントンは70年の間、演技を続けてきた。

フィン
näyttelijä actor 俳優
mieleenpainuva unforgetable 忘れられない
sivurooli supporting role 脇役
tunnettu famous, well-known 有名な、よく知られた
näytellä act 演じる
vuosikymmen decade 10年

 

ハリー・ディーン・スタントンと言えば、やはり印象に残っているのは『パリ、テキサス』の中で演じた寡黙な主人公。

さきほどの yle の記事の中でも mieleenpainuva(unforgetable)という単語を使っていますが、本当に一度映画を見たら忘れられない印象を残す個性的な俳優でした。

また一人、映画の中のヒーローが去ってしまったようで寂しい気持ちです。


overmorrow

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英語で「あさって」は the day after tomorrow。

。。。ということを初めて習ったときに、何だかまわりくどい表現だなと思った人はいませんか?

日本語なら「あさって」と一語で表すことができるのに、英語では4つも単語を並べなければなりません。(the は省略されることもあるので、その場合は3つ。)

ただ英語の歴史を振り返ってみれば、かつては一語の「あさって」も存在していたことがわかります。

overmorrow

(obsolete) On the day after tomorrow.

「Wiktionary」

overmorrow は「あさって」を意味する古い英単語。

tomorrow と overmorrow の構造を比べてみると、

  • to morrow(morrow に向かって)
  • over morrow(morrow を超えて)

となっています。さらに調べてみると、この morrow は「朝」を意味する古英語 morgen に由来するとのこと。

つまり朝に向かっていくのが明日、朝を超えていくのがあさってということなんですね。

ちなみにフィンランド語で「あさって」は ylihuomenna と言いますが、これはさきほどの overmorrow とほぼ同じ構造の単語。

「明日」を意味する huomenna に「〜を超えて」を意味する接頭辞 yli が付いた形になっています。

現役の単語である日本語の「あさって」やフィンランド語の ylihuomenna に対して、英語の overmorrow はなぜ使われなくなってしまったのでしょう?

日本語ネイティブの感覚としては、あさってくらいは語彙として備えておいた方が便利なのではないかと思ってしまいます。そのあたりの感覚は果たして?


いっかげつ

17091501

みなさんは漢字で「いっかげつ」ってどのように書きますか?

  • 一か月
  • 一カ月
  • 一ヵ月
  • 一ヶ月
  • 一ケ月
  • 一箇月
  • 一個月

個人的に好みなのは「一か月」。ただ世の中では「一ヶ月」が多数派なのかなという気もします。

仕事で時折、他の人が書いた文章を校正することがあるのですが、そのときに気になってしまうのがこのような小さな表記の揺れ。

誰かが「一ヶ月」と書いているのを見ると、つい「一か月」に直したくなってしまいます。

しかしこれは単なる好みの問題だから直す必要はないだろうと思い返して「一ヶ月」のままにしておくことも。

それにしても一つの単語に対して、こんなにたくさんの候補があるのはなぜなのでしょう?

そして実際に一番人気があるのはどの「いっかげつ」なのか。投票をしたらどれが一位になるのか気になります。


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