りんごが一つしかない
「りんごがある」と言えば、りんごは「ある」。
「りんごがない」と言えば、りんごは「ない」。
しかし「りんごが一つしかない」と言っても、りんごは「ある」。
これは日本語の不思議な表現の一つではないでしょうか。
実際「りんごが一つしかない」を英訳しようとすれば、”There is only one apple.” のようにどうしても肯定文になってしまいます。
もちろん「一つしかない」と言うときに話し手の頭の中では、一つあるりんごよりも、りんごが少ないということが強く意識されているはず。そういう意味では「ある」よりも「ない」を使う方が感覚的には妥当なのかもしれません。
この「しか」を辞書で引いてみると次のように出ていました。
しか(副助)
〔否定表現と呼応して〕話し手にとって狭いと意識される範囲(少ないと感じられる数量)に限定されることを表わす。
「きょうの会には一人しか来なかった/これは僕しか知らない話だ/この切符では新宿までしか行かれない/いやならやめるしかない/この花は高山にしか咲かない/私のしかない」
「新明解国語辞典 第七版」
上記の用例を見ると「しか」の後には「ない」に限らず、様々な否定形が来るということがわかります。
ただいずれの例も、その意味する内容は肯定的に表すことができます。
きょうの会には一人しか来なかった | → | 一人は来た |
これは僕しか知らない話だ | → | 僕は知っている |
この切符では新宿までしか行かれない | → | 新宿へは行ける |
いやならやめるしかない | → | やめることはできる |
この花は高山にしか咲かない | → | 高山には咲く |
私のしかない | → | 私のはある |
否定形なのに否定ではない。日本語を外国語として学んでいる人はいったいどのようにこの表現を理解するのでしょう?
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ml
10月 13, 2016 @ 23:12:07
単純な表現でいうと、almost never 「ほとんどない」も「ない」と言うけど本当は「ある」表現ですね。「ほとんど」なんですから当たり前ですが。「ほとんど」に相当する単語はたくさんの言語に見つかりそうなので、これになぞらえて説明すると良いかもしれません。
一方英語には肯定で表現される hardly や scarcely がありますね。日本人が英語を学ぶ時に「肯定文の副詞だけど否定文で訳す方が良い」と教わるやつです。不思議なのは、日本人向けの文法書に限らず、英語で書かれた文法書を読んでいても、同じように「否定的だけど not を使わない」という但し書きが添えられていることが多いことです。ネイティブにとっても、hardly は「ある」とは言うけど気持ちとしては「ない」と言いたくなる表現なのかもしれません。でも事実を言えば、少しは「ある」んですよね。
事実と気持ちと言葉がこんがらがった表現、探してみるともっと見つかるかもしれません。
whitebear
10月 27, 2016 @ 01:34:15
mlさん
はじめまして。おもしろいトピックをありがとうございます。言われてみれば英語にもたくさん気になる表現がありますね。almost never も「なるほど!」と思いました。
私たちが hardly を「形は肯定文だけど、否定文で訳す」と習うように、日本語を学ぶ人は「一つしかない」を「形は否定文だけど、肯定文で訳す」とでも習うのでしょうか。
何となく処理してしまっている言葉の中に、いろいろな不思議がありそうです。