あるノルウェーの大工の日記

『あるノルウェーの大工の日記』という本を読みました。これはノルウェーのオスロ近郊でフリーランスの大工として働く著者が日々の仕事の中で感じたこと、考えたことを綴ったエッセイ。

とりたてて大きなドラマが起こるわけではなく、ペータセン一家の屋根裏部屋のリフォームを行う半年ほどの出来事が丁寧に描かれていきます。

著者とその仕事仲間はフリーランスの職人。施主との交渉やスケジューリング、現場での作業まで様々な仕事をコントロールしていかなければなりません。

仕事が上手くいけば気持ちが高揚し、上手くいかなければ気持ちが落ち込む。そのサイクルの中で少しずつ前に進んでいく様子はフリーランスでない人にもおそらく覚えのあるものです。

この本を少しだけ特別なものにしているのは、私たちの最も身近にありながら、多くの人が詳しい仕組みを知らない「家」というものについて考えるきっかけを与えてくれること。

現代人の中で、自分の住んでいる家がどのように成り立っているのかありありとイメージできる人はどれくらいいるのでしょう?

ものを作るということの基本的な部分は、私たちの日常生活から取り除かれつつある。一般の人々の目に触れる機会は徐々に減り、興味も薄れている。人々は汚れや騒音を受け入れないのだ。製造の現場に関わる職種に対する人々の態度は、この心理的な距離感からきている。

「あるノルウェーの大工の日記」P.76

このような洞察は私たちの生活の根幹を成す衣食住すべてに当てはまることなのかもしれません。

世界の情報の総量が増えているということは、知らないことが増えているということ。私たちの日常で目に映っているものでもその内実を知らないことは山のようにあります。

この本がノルウェーでベストセラーになり、世界で幅広く翻訳されたというのは、そのような状況へのささやかな抵抗なのかもしれません。

そしてこの本のもう一つの魅力は、人間社会や人間関係に向けられる著者の鋭い観察力。

誰かと作業をしていて相手のことが一番よく分かるのは、一緒に重荷を運ぶ瞬間だ。それも文字通り重い荷物を。それぞれ端を持って物を持ち上げ、相手の動きを感じるというのは、他に比べようのない特別な体験だ。運び方は上手かどうか、私に配慮しているのか、それとも自分のことしか考えていないのか。そういったことがすべて伝わってくる。

「あるノルウェーの大工の日記」P.126

職人というのは人より物と向き合う仕事というイメージがありましたが、この本を読んで改めて思ったのは結局あらゆる仕事というのは人と人が協力することなのだということ。

馴れ合うこともなく、ほどよい距離感の中で仕事を進めていく著者とその仕事仲間は一つの理想形のようにも見えます。

 

まとめ

読書の楽しみの一つは、私たちを取り巻く世界の仕組みをより良く理解できるようになるということ。そして人生が一度きりであることに抗って、他の人の人生を生きることができるということ。そんな読書の根源的な楽しみに満ちた一冊でした。おすすめです。

 

あるノルウェーの大工の日記
オーレ・トシュテンセン
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