フィンランド語学習記 vol.59 − ふたたび属格と日本語の「の」の話
以前、このブログでフィンランド語の属格と日本語の格助詞「の」についてのエントリーを書きました。
ポイントになる部分だけ、抜き出してみます。
属格とはフィンランド語の格変化の一つで、日本語の格助詞「の」に当たります。説明を聞くより、用例を見る方が易しと思いますので、まずは下記をご覧ください。
kissa(猫)
kissan nimi(猫の名前)単語の末尾に[-n]を付けると「〜の」の意味になります。[n]と「の」は音が似ているので、感覚的に覚えやすいですね。
・・・明らかになったのは日本語の格助詞「の」とフィンランド語の属格[-n]は決してイコールではないということ。
もちろん重なり合っている部分もあるのでしょうが、重ならない部分もあるということです。
文法書では、フィンランド語の属格は日本語の「の」に当たるものとして導入することが多いものの、実際にはかなり異なる部分もあるという話です。
もちろん初学者向けの文法書でそんな細かいことを説明しても仕方ないので、枝葉ではなく幹の部分を説明しているということなのでしょう。
その後、またつらつらと考えていると、日本語の「の」というのは、ずいぶん幅広い役割をする助詞だなあということに思い当たりました。
先日読んだ『たのしい日本語学入門』によると、例えば「◯◯の本」という言い方は3通りの解釈ができるようです。
ここでは、
- 私の本
- 村上春樹の本
- 坂本龍馬の本
の解釈を考えてみましょう。
1)私の本
これはフィンランド語の属格と同じく、本の所有者を表していると考えるのが普通でしょう。
(例)これは私の本です。
英語で言えば、my book となります。
2)村上春樹の本
これは村上春樹さんと知り合いではない私たちが使う場合は、村上春樹さんが書いた本という意味で使うことがほとんどでしょう。
(例)きのう村上春樹の本を読みました。
英語で言えば、a book (written) by Haruki Murakami ですね。
3)坂本龍馬の本
これは坂本龍馬が著書を残したという歴史的事実を知らない私たちが使う場合は、坂本龍馬について書かれた本という意味を想定するのではないでしょうか。
(例)今日は坂本龍馬の本を読みます。
英語で言えば、a book of/about Ryoma Sakamoto となります。
もちろん実際には、1〜3の意味を入れ替えて使うことも可能です。
しかし文脈と「の」の前に来る人名によって、意味を想起する優先順位が変わってしまうのは確かでしょう。
また日本語の「の」には、この他にもこれだけの用法があります。
フィンランド語の属格は、日本語の「の」よりは狭い用法しかないのだと思いますが、どこからどこまでが重なっているのかは現時点ではよくわかりません。
それにしても外国語を学んでいると、副産物として母語について考える機会がずいぶん多くなります。
5月 13, 2013 @ 21:52:16
Hei!
私も同じような話を・・・
Helsingin yliopisto, Hämeentie, Aleksanterinkatuとあっても日本語では「ヘルシンキの大学」,「ハメの街道」,「アレクサンテリの通り」とは訳さず,「ヘルシンキ大学」,「ハメ街道」,「アレクサンテリ通り」が妥当です。
しかし,夏の気候はkesänsääとは言わずに”kesäsää”,議会選挙はparlamentinvaalitとは言わず”parlamenttivaalit”と言います。
一方日本語では東京大学を「東京の大学 Tokion yliopisto」,銀座通りを「銀座の通り Ginzankatu」,東海道を「東海の街道 Tokaintie」 とは言いませんね。
これらは固有名詞なのでフィン語←→日語訳の時はそれほど気を使わないのですが,普通名詞でこういうことが起きると考えてしまいます。
(今即座に例を思い出せないのでゴメンなさい。私のホームページの訳がもどかしいのはこういうことが起因しているかもしれません。)
5月 16, 2013 @ 01:51:49
Jussiさん
興味深い話をご紹介いただき、ありがとうございます。フィンランド語の属格を日本語に訳すときには、案外「〜の」を使わないケースが多いんですね。
Jussiさんの例を見ると、フィンランド語の大学名は属格を使用していますが、日本語の大学名は格助詞「の」を使用していません。しかし英語の場合は、of を使うケースと使わないケースがあり、例えばカリフォルニア大学とハーバード大学は英語でそれぞれ University of California, Harvard University となります。
(カリフォルニア州による/属する大学なので of を使用)
フィンランド語でも、もしかしたら、
Kalifornian yliopisto
Harvard yliopisto
になるのかな?と思ったのですが、Wikipedia で見てみると、
Kalifornian yliopisto
Harvardin yliopisto
となっていました。やはり大学名は属格になるのですね。
「フィン・日・英」の用法がすべて異なるというのは何だかおもしろいです。