『外国語上達法』読書ノート⑫ − まとめ

『外国語上達法』読書ノートの最終回です。

この連載では、岩波新書より出ている千野栄一先生の『外国語上達法』を読み、感じたこと、考えたことを一章ごとにまとめていきます。

目次はこちら。

1 はじめに
2 目的と目標
3 必要なもの
4 語彙
5 文法
6 学習書
7 教師
8 辞書
9 発音
10 会話
11 レアリア
12 まとめ(←本稿)

 

まとめ − 言語を知れば、人間は大きくなる

学習の習慣化

外国語の習得は始めたら規則正しく、たとえ短い時間でも毎日することが大切で、減食やジョギングと同じように少しずつでも毎日する方がいいことは明らかである。また残念ながら定期的な学習だけが、いささか記憶力の減退が感じられる人たちが若い人たちに対抗できる唯一の手段なのである。

P.199

外国語の学習を成功に導くために、最も大切なことは何でしょうか?

今の私なら、この質問に「学習を習慣化すること」と答えます。

以前なら、同じ質問に「モチベーションを保つこと」と答えていたかもしれません。

もちろん外国語の学習に限らず、何か新しいことに取り組む上でモチベーションは欠かせない要素です。

しかし外国語の習得には長い時間がかかります。その間には、どうしてもモチベーションが下がってしまう期間もあるでしょう。

日々の学習に取り組む上で、一日一日やる気を奮い起こしていたのでは、どうしても疲弊してしまいますし、いつか気持ちが折れてしまうかもしれません。

それよりは、歯を磨いたりシャワーを浴びたりするように、当たり前の習慣として語学の時間を日常生活に組み込めるようになれば、継続へのハードルもずいぶん下がるのだと思います。

 

なぜ外国語を学ぶのか

著者は、外国語を学ぶ人を「目的派」と「手段派」の二つのグループに分類しています。

「目的派」というのは、その言葉を学ぶこと自体が目的になっている人たちのことで、例えば純粋に言語学的な興味のためだけにラテン語を学ぶというようなケースを指します。

一方「手段派」というのは、その言語を実用的な目的で学んでいる人たちのことで、例えば仕事で海外とやり取りをする必要があるので英語を学んだり、ボサノヴァの歌詞を理解したいのでポルトガル語を学んだりと、様々なケースがあるでしょう。

英語のようなメジャーな言語では、大半の学習者は、手段派に分類されるのではないかと思います。

一方、サーミ語やエスキモー語のような少数言語では、目的派の比率が高くなるのかもしれません。

これはどちらか一方が優れているというような問題ではありませんが、筆者はやはり手段派の方が学習の成功率は高いと述べています。

私個人は、目的派の人にもシンパシーを感じるので、何とか頑張ってほしいという気持ちがあるのですが。。。やはり簡単ではないのでしょう。

 

どの外国語を学ぶのか

外国語を習得するとき、もしその外国語を選択できる場合、次のことは心掛けておかなければならない。英語に続いて、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ロシア語などを習うのは辞書・学習書・講習会・会話など、あらゆる点で、あまり一般的でない言語を学ぶよりはるかに便利である。

P.210

日本人の場合、大半の人は第一外国語を選択したという経験がありません。気が付いたら英語を学んでいたというケースがほとんどでしょう。

おそらく大学の第二外国語の選択か、成人してから新しい外国語に取り組んでみようと思ったときに、初めて外国語の選択という問題と向き合うことになるのだと思います。

その際、ドイツ語・フランス語・スペイン語・ロシア語といったメジャーな言語を選ぶのか、それ以外の言語を選ぶのかによって、その先の経験はかなり異なるものになるでしょう。

前者の言語に取り組む場合は、何より教科書や辞書や学校を「選ぶ」という選択肢がありますし、それらの言語が使われている国の文化も様々な形で日本に入ってきます。ドイツ語に興味がなくても、ゲーテやニーチェの本を読むことはあるでしょうし、フランス語に興味がなくても、ルノワールやマティスの絵画を見ることはあるでしょう。

一方、それ以外の言語に取り組む場合は、教材は選ぶというより、与えられたもので何とかしなければなりませんし、その国の文化を知ろうと思ったら能動的に情報収集に行かない限り、なかなか向こうから飛び込んでくることはありません。

とはいえ、後者には後者なりの楽しみがあるのもまた事実です。

身の回りにものが溢れているからといって、人は必ずしも幸福になる訳ではありません。それは語学においてもまた事実であると言えるでしょう。

 

本章のまとめ

外国語の学習を成功に導くには、学習を習慣化することが必要。

なぜ外国語を学ぶのかを見極め、それからどの外国語を学ぶのかを吟味する。

最後に本書の末尾の文章を引用して、本稿を締めくくりたいと思います。

Čím více kdo zná jazyků, tím vícekrát je člověkem.− いくつもの言語を知れば知るだけ、その分だけ人間は大きくなる。

P.212