『〈辞書屋〉列伝 言葉に憑かれた人びと』田澤耕著
忙しくなると、日常は職場と自宅の往復になりがち。
しかしそんな中でもいつもと違う道を歩いてみたり、休みの日に初めての街を歩いてみたりすると、思いがけない発見があります。
思うに辞書というのも、この日常と同じではないでしょうか。
意味を知りたい単語をせかせかと調べるだけでなく、あてどもなくほかのページをめくってみると、思ってもみなかった発見があるかもしれません。
そんな訳で、最近はフィンランド語の辞書を持ち歩いて、隙間時間にパラパラとめくるようにしています。
先日そんな辞書に関するおもしろい新書を読みました。それが今回紹介する中公新書の『〈辞書屋〉列伝 言葉に憑かれた人々』。
本書は文字どおり辞書作りに一生を捧げた人たちの評伝です。章立ては次のとおり。
- 第一章 OED(『オックスフォード英語辞典』)− ジェームズ・マレー
- 第二章 『ヘブライ語大辞典』− ベン・イェフダー
- 第三章 『カタルーニャ語辞典』− プンペウ・ファブラ 『カタルーニャ語・バレンシア語・バレアルス語辞典』− アントニ・マリア・アルクベー
- 第四章 『言海』− 大槻文彦
- 第五章 明治の知識人に大きな影響を及ぼした二人の辞書屋 − ウェブスターとヘボン
- 第六章 『西日辞典』− 照井亮二郎と村井二郎
- 第七章 『スペイン語用法辞典』− マリア・モリネール
- 終章 辞書と私
こうして章題を見ただけで、辞書好きの人なら興味がそそられるかもしれません。
私自身この本を読むまで名前すら聞いたことがなかった人が多いのですが、読み始めたら止まらなくなってしまい一気に最後まで読んでしまいました。
なお著者の田澤さんはカタルーニャ語が専門の方なので、カタルーニャ語やスペイン語に多くの章が割かれています。
特に印象に残ったのは『ヘブライ語大辞典』の章。ベン・イェフダーという一人の人間が、ほぼ独力でヘブライ語の復興運動を推進していく過程は非常にドラマティック。
その中でも自分の息子を七年間、家から一歩も出さずにヘブライ語のみで育て、現代で最初のヘブライ語母語話者にしてしまったというエピソードには狂気に近いものすら感じました。
この本全体から伝わってくるのは、辞書作りというのは、途方もない年月とエネルギーを費やして行う一大事業なのだということ。
以前、三浦しをんさんの「舟を編む」という辞書作りの小説が話題になりましたが、まさにあんな感じ。(名作でした!)
さきほどの章立てに出てきた辞書の中でも『オックスフォード英語辞典』と『ヘブライ語大辞典』は、その辞書に最も深く関わったジェームズ・マレーとベン・イェフダーの生前には完成していません。
一生の大半を費やしてもなお未完成のままに終わることもある一大事業。
しんどい道のりであることは承知していますが、この本を読んだ率直な感想は「こういう生き方はいいなあ」というものでした。
自分も生きている間に辞書を一冊ぜひ仕上げてみたいもの。「何語?」と聞かれると、答えに詰まってしまうのですが。。。
中央公論新社
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