cialis viagra online accutane

フィンランド語学習記 vol.45 − 今日はよい天気

初対面の人との会話において当たり障りのない話題と言えば、まず思い浮かぶのが天気の話ではないでしょうか。

先日のフィンランド語クラスではこんな表現を習いました。

Tänään on kaunis ilma.(今日はよい天気ですね)
Tänään on ruma ilma.(今日は悪い天気ですね)
*tänään(今日)、kaunis(美しい)、ilma(空気)、ruma(醜い)

個々の単語の意味を見ていただくとわかりますが、直訳すると「今日は美しい空気ですね」「今日は醜い空気ですね」という意味になるようです。

日本語では「善悪」の問題として語る天気を、フィンランド語では「美醜」の問題として語っています。おもしろい表現ですね。

続いて、天気を表す単語をまとめてみました。

aurinko 太陽 aurinkoinen 晴れの
pilvi pilvinen 曇りの
sade sateinen 雨の
räntä みぞれ räntäinen みぞれの
lumi luminen 雪の

 
晴れを太陽という単語を使って表すところは英語と同じですね。(sun ⇒ sunny)

英語では[-y]を付けて形容詞を作るところを、フィンランド語では[-nen]を付けて作ります。

lumi はこの前フィンランド語教室のクラスメイトに借りて読んだ小説 luminainen(雪の女)のタイトルに使われていました。

英語の語根[lumi]は「光」の意味を表し、luminous(光る)、illumination(照明)などの単語に含まれています。

そのこともあってか、lumi という単語を聞くと、雪が光り輝いているようなイメージが頭の中に浮かんでしまいます。いずれにしても美しい響きの言葉ですね。

それでは、Tänäänkin on kaunis ilma.

英語と母国語の不思議な関係 − from yle uutiset

フィンランドのニュース番組 yle uutiset のウェブサイトで、こんな記事を見つけました。

English-language invasion troubles Finnish academia | Yle Uutiset | yle.fi
English-language invasion troubles Finnish academia Today more and more university courses are being …

English-language invasion troubles Finnish academia

(英語の侵略がフィンランドの学界を揺るがす)

Today more and more university courses are being offered in English but not everyone’s happy about the development, which is seen as undermining Finland’s official languages.

(今日、ますます多くの大学課程が英語で行われるようになっているが、誰もがそのなりゆきに満足しているという訳ではない。フィンランドの公用語の地位を弱めると見られているからだ。)

この記事では大学教育などアカデミックな世界における英語偏重を懸念する人たちの意見を主に紹介しつつ、最後に英語推進派の「用務員さんも英語を話すべき!」という対照的な意見を取り上げています。

これはどちらかが正解という風に答えの出せる問題ではないのでしょう。

こういう記事を読むたびに思うのは、日本における日本語の地位というのは揺るぎないものだということ。

TOEICの受験者数が200万人を超えたり、社内の公用語を英語にする企業が現れたりすることはあっても、英語が今の日本語の地位に取って代わるということはまずないでしょうし、そのような心配をする議論も聞いたことがありません。

1億人の母語人口を抱えているということは、良くも悪くも日本語だけで生きていけるということでもあります。

フィンランドのような人口500万人の小国では、国際語としての英語に依拠しつつ、同時にその英語から母国語を守るという矛盾の中を生き延びていかなければならないのでしょう。

ところで、何かにつけて批判される日本人の英語力ですが、もし日本の人口が500万人に減ったとしたら、おそらく今よりも英語力は伸びるのではないでしょうか。

そのような状況下では、日本語で本を出版しても、単純換算で売り上げが20分の1になってしまいます。それならより広範な世界をマーケットにできる英語で情報発信をしようとする人が増加しても不思議ではありません。

すると、情報を受け取る側も、日本語だけでは十分な情報が得られないため、必要に駆られて英語を勉強し始めるという具合。

なお誤解のないように言い添えておきますと、そんなシナリオがよいと思っているのではありません。念のため。

語学教室に通うメリットを改めて考えてみる

フィンランド語教室に通い始めたころ、教室に通うメリットとして下記の二点を考えていました。

  • 学習のペースメーカーになってくれる
  • 他の学習者と知り合うことで刺激になる

[参考]フィンランド語学習記 vol.4 − 教室へ通ってみる | Fragments

実際に半年間教室に通ってみて、これらのメリットは確かにあったと思っています。

そして通い始めのころにはあまり意識していなかったもう一つのメリットにも気付きました。それは、

  • 学習項目の定着率が上がる

ということ。

例えば、外国語の学習における単語の暗記というのは、ノートに何度も書いて覚えるとか、単語カードを作って覚えるといった個人的な作業に負うところが大きいと思われています。

しかし久しぶりに語学の教室に通ってみて感じたのは、教室で習った単語は不思議と定着率がよいということでした。

教科書を読み進めながら、「◯◯は△△という意味です」と先生が教えてくれた単語は、独学で覚えた単語より圧倒的に記憶に残ります。

これはなぜなのでしょう?

仮説として、下記の2点を考えてみました。

 

適度な緊張感があり、集中力が高まる。

教室は楽しい空間ではありますが、1回のレッスンが終わるとそれなりに疲れが残ります。

自宅やカフェで勉強したときには、どんなに集中していても、そこまでの疲労感はありません。知らず知らずのうちにスイッチが入っているのだと思います。

 

先生の説明やペア練習などのレッスンを、単語の「文脈」として覚えるので記憶効率がよい。

単語の暗記において、単語を単独で覚えるのではなく用例や文脈の中で覚えるのがよい、とはよく言われることです。

この際の文脈とは、その単語を含む会話や文章のことを指す訳ですが、広義に解釈すればその単語が使用されたレッスンもまた文脈の一つと言えるでしょう。

こういった単語は、レッスンの情景を含めて「エピソード記憶」の一部として定着されるので、より鮮明な記憶として残るのかもしれません。

 

いずれにせよ、自分で新規の単語をゼロから暗記するよりも、教室で習った単語を忘れないようにする方が、認知負荷が軽いことは確かだと思います。

とはいえ、新しい外国語で一定の運用能力を身につけようと思ったら、すべての単語を教室で習うという訳にはいきません。

教室を「利用する」という視点に立って、個人学習とのバランスを上手く保っていくことが大切になるのでしょう。

特殊文字を簡単にコピー&ペーストできるサイト『Symbol』

日本版ライフハッカーで、特殊文字を簡単にコピー&ペーストできる Symbol というウェブサイトが紹介されていました

「特殊文字」という甘美な響きに誘われ、さっそく試してみましたので簡単にレポートします。

このサイトには、ご覧のとおり数多くの特殊文字がアイコンのように並んでいます。

使い方はいたって簡単。

使いたい特殊文字をクリックすると、クリップボードにその文字がコピーされます。あとはその文字を入力したいところでペーストするだけ。

このサイト、あまり馴染みのない文字も扱っており、見ているだけでもなかなか楽しいです。

フィンランド語の[ä, ö]も English Symbols というセクションにしっかりとありました。ウムラウト(トレマ)記号の文字は[ä, ï, ü, ë, ö, ÿ]と一式揃っています。

また Chess Symbols というセクションがあり、

♔♕♖♗♘♙

こんな風にチェスの駒を挿入することができました。

その他、このサイトではハングル文字やギリシア文字も扱っています。

それらの文字を本格的に使う人なら、そのためのシステムを構築していると思いますが、例えばことばをテーマにしたブログ(?)などで、時折特殊文字を使いたい人にとっては重宝するサイトだと思います。

 
Symbol

フィンランド語学習記 vol.44 − kin と kaan

フィンランド語教室20週目のレポート。

昨年の10月から通い始めたコースもいよいよ最終回となりました。

有終の美(?)を飾るため、単語の復習を入念に行ってから教室へ向かいます。

今回は[-kin]と[-kaan/kään]という接尾辞の使い方を学びました。まずは例文を見てみましょう。

Savonlinna on kiva kaupunki.(サヴォンリンナはすてきな街です)
Niin Porvookin!(ポルヴォーすてきです)
*kiva(すてきな)、kaupunki(街)、niin(そのように)

接尾辞[-kin]は、前の肯定文を受けて「〜も」の意味を表します。ただし[-kin]が使えるのは肯定文の場合のみ。否定文の場合は次のようになります。

Savonlinna ei ole liian suuri kaupunki.(サヴォンリンナはあまり大きな街ではありません)
Ei Porvookaan!(ポルヴォーあまり大きくはありません)
*liian(あまり)、suuri(大きい)、ei(〜ではない)

接尾辞[-kaan]は、前の否定文を受けて「〜も」の意味を表します。

なお[-kaan]は[a, o, u]を含まない単語にくっつくときは点々を付けて[-kään]という形になります。

Hänkään ei ole kotona.(彼女家にいません)
hän(彼女は)、kotona(家に)

この[-kin]と[-kaan/kään]の素晴らしい点は、単語にくっつく際、語形変化を伴わないこと。いつでも安心して使える、大変ありがたい接尾辞なのです。

さて、

以上で半年に渡るフィンランド語入門コースは無事修了。

一回も欠席することなく、20回の講座に通うことができました。

初歩の語学は、新しい知識がどんどん増えていくので、何よりも「学んでいる」という実感が得られます。

久しぶりに初心を思い出して、毎回新鮮な気持ちで取り組むことができました。

状況が許せば、4月からまた次のコースに通いたいと思っています。急に転勤になった!などということがなければの話ですが。。。さて、どうなりますか。

「名前」という語の起源について

フィンランド語で「名前」は nimi といいます。

テキストに出てきたこの単語の綴りを見て、昔、インドネシアの友人にインドネシア語の自己紹介を教えてもらったときのことを思い出しました。

Nama saya 〜.(私の名前は〜です)
*nama(名前)、saya(私の)

これを見たとき、インドネシア語の nama という単語は、日本語の namae 、英語の name に綴りが似ているなあ、と思ったことを覚えています。

インドネシア語云々以前に、そもそも日本語と英語が似ているのですが、インドネシア語を挟んで3つの言語を比較したときに初めてその類似性に気付いたという訳です。

その後「名前」の語源を調べてみたところ、この類似性はあくまで偶然であるという結論に行き当たりました。

[参考]名前(なまえ) – 語源由来辞典

しかしそこへフィンランド語の nimi も加わると、実は何かつながりがあるのではないかと考えてみたくなります。

nimi は母音こそ他の言語と異なるものの、[n-m-]という子音の配列は全く同じです。

もう一度、それぞれの綴りをまとめてみましょう。

日本語 namae
英語 name
インドネシア語 nama
フィンランド語 nimi

 
ヨーロッパ系の言語同士とか、比較的「近い」言語内での類似なら話はわかるのですが、全く縁もゆかりもなさそうな言語同士で、これほど似た単語があるのは本当に単なる偶然でしょうか?

もし世界祖語というようなものがあったとしたら、そこには namae に近い音声の語があったのかもしれないなどと思わず空想してしまいます。

いずれにしても非常におもしろい現象ですね。

cialis viagra online accutane