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日本語

みちのいろいろ

「みち」という日本語を国語辞典で調べると、次のように出ています。

みち[道・▽路・▽途](名)

①人・車などが行き来するところ。道路。

②みちのり。前途。

③とちゅう。

「三省堂国語辞典 第七版」

ここから、みちには「道、路、途」という三つの漢字を当てられることがわかります。

それではこの「道、路、途」の中で最も広いみちはどれでしょう?

??

そんな唐突な質問への答えが、漢和辞典に出ていました。

類義語【道・途・路】

いずれも車の通行できるみちを表し、「途」は一車分、「道」は二車分、「路」は三車分の広さのみちをいう。ただし一般に区別なく用いている。

「全訳 漢辞海 第四版」

ここで示されている答えは狭い方から広い方へ「途→道→路」の順。

馴染みのある「道路」という言葉は二車分の広さのみちと三車分の広さのみちを組み合わせた熟語だったんですね。

もちろんこれは漢字の歴史から見た一つの説にすぎないのでしょうが、こんな風にみちを区別して考えたことはなかったので新鮮な感じがします。

星屑の雨

梅雨明けはまだ遠く、じめじめとした天気が続いています。

昨年を思い返してみると、関東では6月末に梅雨明け宣言が出されていました。そのせいなのか何となく今年の梅雨は長いなあと感じます。

ただ改めて気象庁のホームページを調べてみると平年の梅雨明けは7月21日頃。昨年が異常だっただけで、今年の梅雨が取り立てて長い訳ではありません。

先日も雨の音を聞きながら、久しぶりに本棚から『雨のことば辞典』を引っ張り出して眺めていたらこんな面白い項目を見つけました。

星屑の雨 ほしくずのあめ

宇宙の塵が核となってできる雨。朝日新聞社会部編『雨のち晴れ』に「オーストラリアの気象学者であるボーエン博士は、世界の雨量を調べて、流星群があらわれると約三十日後に雨が多くなることを確かめた。この原因としては、大気中に落下した宇宙塵が、雨の核になるためだろうと推定している」とある。雨のなかに星屑が入っているとは、夢があって楽しい。

「雨のことば辞典」P.201

宇宙塵というのが何なのかは正直よくわかりませんが、私たちの身の回りの自然現象には想像を超えた因果関係があるのだなと思いました。

今度、雨空の下を歩くときには、この雨は宇宙からやってきたのかもしれないと想像してみると、少しは晴れ晴れした気持ちになるのかもしれません。

 

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「屋上にのぼる」と「屋上にあがる」の違いとは?

日本語では「山にのぼる」とは言うものの「山にあがる」とは言いません。

一方「屋上にのぼる」と「屋上に上がる」はどちらも使われます。

この場合の「のぼる」と「あがる」の違いとは何なのでしょう?

手元の辞書に面白い説明が出ていました。

「のぼる(上・昇・登)」は、糸のように線条的に上に移っていくこと。のぼって行くものの性質は、上に行っても変わらない。「力をつけてトップの座にのぼる」「さけが川をのぼる」。「あがる」は、(高いところにある)別の世界に移ること。だから、「魚があがる」は、死ぬこと。「雨があがる」は、やむこと。「あがってしまう」と、いつもの頭がはたらかなくなって失敗する。

「角川必携国語辞典」

のぼるは糸のように線条的に上に移っていくことという説明は面白いですね。

山にのぼるという行為においては、のぼっていく過程そのものが大切。

もし山にエレベーターが付いていて一気に頂上に行くことができるのなら、山にあがるという表現もありなのかもしれません。

そこから連想すると、屋上にのぼるは上に移動すること、屋上にあがるは移動した結果に力点があるという違いが見えてきます。

別の言い方をすると、屋上にのぼるという表現から連想するのは階段を移動している人の姿、屋上にあがるという表現から連想するのは屋上に立っている人の姿ということになります。

また、あがるは別の世界に移ることというさきほどの辞書の説明にもつながるのかもしれませんが、屋上にのぼるより屋上にあがるの方が少しだけわくわくする。。。というのは単なる後付けでしょうか。

 

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微分・積分

科学雑誌 Newton が出している「Newton ライト」は理系のさまざまなトピックを初心者にもわかりやすく説明してくれる入門シリーズ。

先日はこんな一冊を読みました。

Newtonライト『微積のきほん』 (ニュートンムック)

微分・積分は文系人間にとってハードルが高い分野。

しかしこの本ではそのエッセンスがわかりやすく説明されていて、微分・積分の世界に少しだけ近づくことができたような気がします。

そして読了後に思ったのは、もし自分が国語辞書の執筆者だったら「微分・積分」の項にはどんな語釈を書くだろう?ということ。

。。。しばらく考えてみたのですが、全く思い当たりません。実際の辞書にはどのように書いてあるのでしょう?

びぶん[微分](名・他サ)

〘数〙ある変数のひじょうに小さい変化に対応する、関数の変化の割合の極限を求めること。(↔積分)

「三省堂国語辞典 第七版」

せきぶん[積分](名・他サ)

〘数〙関数の和に関する計算法。(↔微分)

「三省堂国語辞典 第七版」

うーん、わかるようなわからないようなという感じでしょうか。

有名なカピバラの語釈のように、対象をありありとイメージできるような語釈を書けたらすごいと思うのですが、抽象的な言葉の場合は難しいでしょうか。

カピバラ(名)〔capybara〕

〘動〙ネズミのなかまで、大型犬ほどの大きさのけもの。毛におおわれ、ねむそうな目と、間のびした鼻の下をもつ。〔なまって、カピパラ〕

「三省堂国語辞典 第七版」

水菓子とは?

水菓子という言葉から思い浮かべるお菓子の種類は何でしょう?

水ようかん?

それともゼリー?

辞書を引いてみると、次のように出ています。

みずがし[水菓子](名)

①〔古風〕くだもの。

②〔俗〕水ようかん・くずもちなど。

「三省堂国語辞典 第七版」

みずがし 【水菓子】

「果物」の意の古風な表現。

「新明解国語辞典 第七版」

水菓子というのは本来、果物のことなんですね。

それでは、なぜ果物のことを菓子と呼んだのでしょう? 調べてみると、菓子というのはもともと果物を指す言葉だったということがわかってきました。

かし【菓子・果子】

〘名〙 食事以外に食べる甘味などの嗜好品。もと、果物をさしたが、現在ではもっぱら米粉、小麦粉、餠などに砂糖、餡あんの類を加えるなどして製した嗜好本位の食物をいい、果物のことは水菓子という。大きく、和菓子と洋菓子、生菓子と干菓子などに分けられる。

「精選版 日本国語大辞典」

つまりもともとは、

菓子→果物

だったのが、様々な種類の菓子が生まれたことで、

果物→水菓子

となり、さらに「菓子=果物」というイメージが薄れたことで、

水菓子→水ようかん・ゼリー・その他

という新たな解釈が生まれたということ。

こうして見ると、実にダイナミックな言葉の移り変わりではないでしょうか。

パリに行ったら一番最初にエッフェル塔を見たい。

次の文を読んで、何か違和感はあるでしょうか?

パリに行ったら一番最初にエッフェル塔を見たい。

気付いた人もいると思いますが、この文では「一番」と「最初」の意味が重複しています。

この場合、厳密には一番と最初のどちらか一方を使うのが正しいとのこと。

× パリに行ったら一番最初にエッフェル塔を見たい。
パリに行ったら一番にエッフェル塔を見たい。
パリに行ったら最初にエッフェル塔を見たい。

 

実は自分も先日指摘されて「ああそうか」と思ったばかり。こういう表現ってついつい使ってしまいませんか。

一応辞書でもそれぞれの意味を確認しておきます。

いちばん

二[いちばん](副)

①この上なく。もっとも。

「県内でー大きい病院」

「三省堂国語辞典 第七版」

さいしょ[最初](名)

いちばんはじめ。はじめ。

「ーで最後〔=一度きり〕」

(↔最後・最終)

「三省堂国語辞典 第七版」

さいしょの語釈には「いちばんはじめ」とあります。

ということは「一番初め」はOKでも、「一番最初」は「一番」と「最」の意味が重なるのでNGということなのでしょうか。。。日本語は難しいですね。

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