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フィンランド語学習記 vol.378 − joku

フィンランド語の本を読んでいたら、次のような文が出てきました。

Jollakulla on avaimet.(誰かが鍵を持っています。)
*avain(鍵)

jollakulla という単語は何だろう?と思って調べてみると、joku(誰か)の格変化した形だということがわかりました。

[主格]joku
[接格]jollakulla

つまり通常の単語なら語尾に置く接格の印[-llA]を、joku の場合は jo と ku の後に繰り返し置くということ。

このルールは接格以外の場合でも同じで、joku の変化形をまとめると次のようになります。

単数 複数
主格 〜は/が joku jotkut
属格 〜の jonkun joidenkuiden
joittenkuitten
分格 〜を jotakuta joitakuita
内格 〜の中で/に jossakussa joissakuissa
出格 〜の中から jostakusta joistakuista
入格 〜の中へ johonkuhun joihinkuihin
接格 〜の表面で/に jollakulla joillakuilla
奪格 〜の表面から joltakulta joiltakuilta
向格 〜の表面へ jollekulle joillekuille
様格 〜として jonakuna joinakuina
変格 〜に(なる) joksikuksi joiksikuiksi

 

それにしても joidenkuiden のような形から、もとの joku を想像するのはなかなか難しいように思います。

あくまで語形変化なのに、文字数が3倍になるというのは反則ではないでしょうか。。。


水から出た魚のように

be like a fish out of water

to feel awkward because you are in a situation that you have not experienced before or because you are very different from the people around you

Cambridge Dictionaries Online

be like a fish out of water というのは「場違いに感じる」という意味の慣用句。

*単に fish out of water(場違いな人)という形でも使われます。

どちらかと言えばネガティブな意味で使われますが、上記の語義をじっと見ていたら、ポジティブな意味で使ってもよいのではないかと思えてきました。

経験したことのない状況に出くわしたり、自分とは全く異なるタイプの人に囲まれたり。

そんな風に素の自分が試される局面というのは、普段の生活においてあまり多くはありません。

年を重ねるごとに、守りに入ってしまうのは仕方のないこと。

それでも時々は自分がそこにいて「場違いに感じる」ようなアウェイの場所にも出ていきたいと思っています。

いつもより少しだけ自分をオープンにして、まっさらな気持ちで新しい人に向き合う、そんな経験はとても貴重なものではないでしょうか。

たとえ上手くいかなかったとしても失うものは何もないはずです。


Czech or Czechia

先日、チェコ共和国(The Czech Republic)の政府が、短縮の呼称として現在使われているチェコ(Czech)の代わりにチェキア(Czechia)を使用してほしいとの声明を出したというニュースがありました。

The Czech Republic wants to be known as “Czechia” to make it easier for companies and sports teams to use it on products and clothing.

The country will retain its full name but Czechia will become the official short geographic name, as “France” is to “The French Republic”.

BBC News − Czech Republic to be known as ‘Czechia’

政府によると、そもそもチェコ(Czech)という単語は名詞ではなく形容詞なのだそう。

ただ英語の辞書を見る限り、Czech は名詞でもあり、形容詞でもあるということになっています。

よってそれが正しいかどうかはともかく、英語圏では Czech が名詞(=国名)として使われてきたという歴史があるのでしょう。

それではもし本当に Czechia という呼称が採用されたとしたら、英語における形容詞はどのような形になるのでしょう?

つまり England / English や Japan / Japanese の後者に当たる形のことです。

似たような語尾の国名を思い浮かべてみれば、おそらくは Czechian になるのでしょうか。

そうなると歴史的に因縁深いお隣のスロバキア(Slovakia / Slovakian)と同じ形容詞の形になりますね。

それはさておき、本当に Czechia という呼称が承認されるのかどうか。今後の動きに注目したいと思います。


フィンランド語学習記 vol.377 − Yle Uutiset selkosuomeksi をふたたび聴いてみる

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久しぶりにフィンランド国営放送(yle)のニュース番組 Yle Uutiset selkosuomeksi を聴いてみようと思い、ホームページを開いてみました。

すると、びっくり!

前はラジオ(音声)だけだったのに、新たにテレビ(動画)を見ることができるようになっています。

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この Yle Uutiset selkosuomeksi はフィンランド語学習者のためのニュースプログラム。

やさしいフィンランド語で、ゆっくりと読み上げてくれるので、中級くらいの学習者でも何とか内容を理解することができます。

また動画には字幕も付いているので、より内容を追いかけやすくなっています。

いくつか動画を見ていると、やはり映像の力というのは強いものだなということを再認識。

話されている言葉の一つ一つを正確に聞き取ることができなくても、映像の力を借りることによって、そこで語られているテーマやストーリーをきちんと把握することができます。

(もっとも、そのことが語学力の向上にどこまで寄与しているかというのは、また別の問題ではありますが。)

発音や単語や文法から学び始めたフィンランド語学習者の多くは、どこかの段階で「フィンランド語そのものを学ぶだけでなく、フィンランド語で何かを見たり、聴いたり、読んだりしてみたい」と思うのではないでしょうか。

Yle Uutiset selkosuomeksi はそんな希望を叶えるのにぴったりのツール。

またしばらく続けて聴いてみようと思います。

 
Yle Uutiset selkosuomeksi | Yle Uutiset | yle.fi


フィンランド語学習記 vol.376 − 球技の名前

フィンランド語で「ボール」は pallo(パッロ)。

この pallo は、様々な球技の名前にも使われています。

フィン
jalkapallo football サッカー
sulkapallo badminton バドミントン
lentopallo volleyball バレーボール
koripallo basketball バスケットボール

 

jalkapallo の jalka は「足」の意味。

sulkapallo の sulka は「羽」の意味。

lentopallo の lento は「飛行」の意味。

koripallo の kori は「籠」の意味。

日本ではすっかりカタカナ語が定着していますが、漢字で表せばそれぞれ「蹴球、羽球、排球、籠球」となり、フィンランド語のイメージに近くなります。

そんな中、一つだけ異なっているのが、フィンランド語の lentopallo と日本語の排球。

排球の語源を調べてみると、相手のコートにボールを「排出」するので排球という説が有力なようです。

一方の lentopallo はボールがびゅんびゅん飛んでいくイメージでしょうか?

このあたりの視点の違いはおもしろいですね。


一個下、一個上

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日本語の助数詞は実にさまざま。

紙は一枚、二枚、三枚。

鉛筆は一本、二本、三本。

本は一冊、二冊、三冊。

その他にも多くの助数詞が存在します。

そんな中、ちょっと不思議だなあと思うのが、高校生などがよく使う、年齢を表すときの「一個下、一個上」という表現。

普通に考えれば「一つ下、一つ上」だと思うのですが、なぜ「一個」という言い方になるのでしょう?

「個」というのは基本的に小さいものを表すときに使う助数詞。

りんごは一個、二個、三個。

消しゴムは一個、二個、三個。

コップは一個、二個、三個。

ただ考えてみると、これらはみな一つ、二つ、三つと言い換えることもできます。

もし「個=つ」という法則が成り立つのであれば、年齢を「一個下、一個上」と表すのも自然なことなのかもしれません。

ただ個を使うのは比較的年齢が近い場合であって、例えば「十個下、十個上」という言い方はあまり聞かない気がします。(その場合は十歳下、十歳上ですね。)

好意的に解釈すれば「一個下、一個上」という表現には、「一つ下、一つ上」にはない、親密さのようなものも感じるのですが、みなさんはどのように感じるでしょうか?


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