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日々のこと

「空白」の時間を作る

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All men’s miseries derive from not being able to sit in a quiet room alone.

− Blaise Pascal

情報過多の時代、何も考えずにぼーっとする時間を作ることは思いのほか難しくなっています。

家に帰れば、テレビを付ける、スマホをいじる、パソコンを立ち上げる。

反射的にそのような行動をとってしまう人も多いのではないでしょうか。

そこから入ってくる大量の情報。そして情報は更なる情報への渇望を産み、気が付けば順番を待つ情報は長蛇の列。

これは例えるなら、流しの上に洗い物がいっぱいの状態。

こういった状態というのは、知らず知らずのうちに心の奥の方を圧迫しています。

そんな反省から最近は意図的に一日の中に「空白」の時間を作るようにしています。例えば次のような方法で。

 

1)座禅

一つ目の「空白」の時間は座禅。

去年の秋頃から、度々鎌倉のお寺に通って座禅会に参加していたのですが、今ではなるべく家でも座るようにしています。

座るのは主に寝る前の時間。間接照明で部屋を薄暗くし、10分程度静かに座っています。

基本的には頭に浮かぶ様々な想念を手放そうとするのですが、難しいときには思うままにすることもあります。

「○○するべき」とあまり堅苦しく考えずに、頭の中をざっと片付けてから、布団に入るようにしています。

 

2)散歩

二つ目の「空白」の時間は散歩。

考えが煮詰まっていたり、理由もなくもやもやした気分のときには、とりあえず外に出てみます。

今の時期は寒いのでなかなか大変ですが、それでも無心に歩いていると、いつのまにかすっきりした気分になるから不思議なもの。

ある意味では、座禅と散歩の心の状態というのはよく似ています。散歩というのは歩く座禅のようなものとも言えるでしょう。

 

以上「空白」の時間を作るための自分なりの二つの方法について書いてみました。

他にもこんな方法が有効というのがあれば、教えていただけたら嬉しいです。

辞書とセレンディピティ

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serendipity

the fact of sth interesting or pleasant happening by chance

「Oxford Advanced Learner’s Dictionary」

辞書と言えば電子辞書という時期もありましたが、最近また紙の辞書をめくるのが楽しくなってきました。

電子辞書に対して、紙の辞書を使うアドバンテージはいくつかあると思いますが、ことばが好きな人にとっては「偶然におもしろい単語に出会う」というのもその一つではないかと思います。

電子辞書の場合、目的の単語を調べたら、それで終わりということになりがちです。しかし紙の辞書を使うと、いやがおうにも周りの単語も目に入ります。

そのため「へえー、こんな単語があったんだ」という思いがけない出会いや、ひらめきにつながることも珍しくありません。

そういう意味では、電子辞書と紙の辞書の関係はオンライン書店とリアル書店の関係に似ているのかもしれません。

購入したい本が決まっているときにはオンライン書店は便利ですが、実際の店舗を歩いて思いがけない本に出会うというのも本好きにとっては欠かせない楽しみの一つです。

そんな訳で、最近、電子辞書一辺倒になっている人は、紙の辞書の良さを見直してみるというのはどうでしょう?

自分の場合は机上に少し傾斜のある棚を置いて、その上にいくつかの辞書を並べています。これだと気が向いたときにすぐに気になる一冊を手に取ることが出来るので、なかなか便利です。

 

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近来の近の字はどう書いたっけね

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子どもの頃に比べると、手書きの文字を書く機会というのはぐっと少なくなりました。

それでも手帳にスケジュールを書いたり、to do を書いたり、アナログの出番もない訳ではありません。

そんなときに困るのが、

  • 漢字が思い出せないこと
  • 漢字を書いてみるものの、その文字が正しいのか確信が持てないこと

特に最近多いのが後者のパターンで、漢字を書いても、

「あれ? この字で合っているかな?」

と心配になってしまい、ワープロソフトで変換して確かめるということがよくあります。

これは現代病のようでありながら、もしかしたら神経症の一種なのかもしれません。

漱石の『門』の冒頭に、主人公の宗助と妻の御米(およね)のこんな会話が出てきます。

「御米、近来の近の字はどう書いたっけね」と尋ねた。細君は別に呆れた様子もなく、若い女に特有なけたたましい笑声も立てず、

「近江のおうの字じゃなくって」と答えた。

「その近江のおうの字が分らないんだ」

そして「近」という字を書いてみせる御米。

「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。

「何故」

「何故って、幾何容易い字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日の今の字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違ったような気がする。仕舞には見れば見る程今らしくなくなって来る。——御前そんな事を経験した事はないかい」

「まさか」

「己だけかな」と宗助は頭へ手を当てた。

「貴方どうかしていらっしゃるのよ」

「やっぱり神経衰弱の所為かも知れない」

この件を読んで「あー、この感じはよくわかるなあ」と深く共感。

実際に漱石の身に起きたことなのかどうかはわかりませんが、すごくリアリティのある描写だと思います。

さすがに神経衰弱というのは大げさですが、ちょっと疲れているのかもしれないなと我が身を振り返った小説の一場面でした。

 

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guillotine(ギロチン)

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guillotine

a machine, originally from France, for cutting people’s heads off. It has a heavy blade that slides down a wooden frame.

「Oxford Advanced Learner’s Dictionary」

フランス革命の際、国王ルイ16世や王妃マリー・アントワネットの処刑にも使われたギロチン。

残忍な処刑装置というイメージもありますが、実際には受刑者の苦痛を和らげるという人道的な目的のために採用されたのだそう。

たしかにあの巨大な刃で「しゅっ、ぷつん」とやってしまえば、苦痛を感じる時間もないのかもしれません。

(いや失礼)

さて、最近すっかりはまっているのが、このギロチンという名前のベルギービール。

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ビアグラスには断頭台のイラスト。

脚の部分も血のような赤というのは、どこまでも徹底していますね。

一口飲んでみると、甘みと苦みがあいまった芳醇な味わい。

アルコール度数は9%とかなり高めなので、普段はビールよりワイン派という人にもおすすめできるしっかりとした味のビールです。

ややお高いので、そうしょっちゅう飲む訳にもいかないのですが、気分を変えたいときには自分へのご褒美としてついつい手を伸ばしてしまいます。

一度味わってしまうと、普通のビールにはなかなか戻れなくなる禁断の一本かもしれません。

もちろんビアバーなどでタップで飲むのがおすすめですが、輸入ビールを多く扱っているお店に行けば瓶のものを手に入れることもできます。

瓶の場合も目印になるのは断頭台のイラスト。

いつものビールを選ぶかわりに、したたる血の赤でちょっとした非日常を演出してみるのもおもしろいかもしれません。

 

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語学の目標設定をする際、ネイティブほどペラペラではない現実的なロールモデルがいるとよいという話

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英語であれ、フィンランド語であれ、新しい言葉を勉強するときに現実的な目標設定をするのは案外難しいものだなと思います。

語学というのは基本的に終わりのない勉強であり、どこまで行ってもこれで完璧ということはありません。

ある程度の年齢に達してから語学を始め、ネイティブスピーカーのようになることは非常に難しいと思いますが、それでもついそのようなイメージを持ってしまうことはあります。

そんなときに身の回りに一人でもよいので、ネイティブスピーカーのようにペラペラではないものの、その外国語できちんとコミュニケーションができる現実的なロールモデルが一人でもいると、とても心強いのではないでしょうか。

初心者なら中級者、中級者なら上級者、上級者ならニアネイティブの学習者と接する機会があれば、自分に何が足りないのかわかりますし、学習の励みになるでしょう。

語学クラスのような場にはある程度同じレベルの人が集まる訳ですが、時にはちょっとだけ背伸びをして自分の先を歩いている人と知り合いになれるような場を求めてみるのもよいのではないでしょうか。

日曜日の昼下がりにフィンランド語の文法書をめくりながら、ふとそんなことを考えました。

増える5円玉

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どうでもいい話をひとつ。

この頃、財布の中の5円玉が増え続けるという現象に見舞われています。

先日など、気が付いたら20枚近くもありました。

なぜこんなことになってしまうのか?

例えば、コンビニで220円を支払うとき、さりげなく5円玉を複数枚すべりこませればよいものを、それがなかなかできません。

どうしても生真面目に「100円玉2枚+10円玉2枚」あるいは1,000円札などで支払ってしまいます。

よって5円玉を使うチャンスは336円や448円を支払うときになる訳なのですが、この場合、支払いの際に慌ててしまい、つい50円玉を出してしまいます。

そのため5円玉はいっこうに減らず、財布の中に増え続けるばかり。

仕方がないので、先日鎌倉のお寺にいった際、あちこちの賽銭箱にひたすら5円玉を投げ続け、一時的に財布を軽くすることに成功。

とはいえ、これはあくまで対処療法でしかないので、抜本的な解決にはなっていません。

一つ不思議なのは、5円玉はずっと前から存在するのに、どうしてここ最近、急に増えるようになってしまったのかということ。

カウンセリングでも行ったら面白い解釈が聞けそうな気がするのですが、さすがに「5円玉が増えるんです」と相談に行くのは抵抗があります。

でも勇気を出して行ってみたら、思いもよらない深層心理に出会うことができるのかもしれません。。。気になります。

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