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とりどり

ひらめきの源泉 − 三上(さんじょう)とは?

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ひらめきというのは、いったいどのような状況で生まれるものでしょうか?

中国・北宋時代の欧陽脩(おうよう・しゅう)という人は、そのような状況を「三上(さんじょう)」という言葉で表わしました。

三上というのは、すなわち、

  • 馬上(馬にのっているとき)
  • 枕上(布団に横になっているとき)
  • 厠上(トイレにいるとき)

 

馬上(ばじょう)

現代では馬にのることはなかなかないでしょう。

今の時代なら電車やバス、あるいは自転車に当たるのかもしれません。

いずれにしてもA地点からB地点へぼんやり移動しているときにアイディアが思い浮かぶというのはよくあること。

煮詰まったときには、とにかく移動してみると思いがけない解決策が浮かぶことも。

 

枕上(ちんじょう)

布団に横になっていればアイディアが浮かぶのか?と言えば、もちろんそんなことはありません。

この枕上というのは目が覚めてすぐの時間を指しているのだとか。

寝起きがとんでもなく悪い自分にとっては夢のまた夢。

いつも朝に生産的な仕事ができるようになりたいとは思うのですが。。。

 

厠上(しじょう)

トイレに本や新聞を持ち込む人にとっては「わかるわかる」という話なのかもしれません。

自分自身はトイレに籠る習慣はないのですが、これに近いかなあと思うのはお風呂の中。

不思議なのは、何か問題を抱えているときに、その問題を解決しようと思って入浴すると何も解決しないのですが、一旦その問題を忘れて心の底からリラックスしているとふいに光が見えることがあります。

 

そういえば、先日ある人にこんなことを聞かれました。

このブログを書くためのアイディアはどこで得ているのですか?

その答えは一言、

辞書上(じしょじょう)

ということで。

あなたのひらめきの源泉は何でしょうか?

Usain Bolt goes to Finland?

フィンランド語を学び始めたきっかけとして「F1」が好きだからという人は多いようです。

フィンランドは、Mika Häkkinen、Kimi Räikkönen など世界的にも有名なF1ドライバーを輩出しています。

そんなフィンランドのF1ドライバーたちが、陸上100mの世界記録保持者ウサイン・ボルトをフィンランドに招待したというニュースがジャマイカの日刊紙『The Jamaica Observer』に掲載されていました。

Formula-1 drivers invite Usain Bolt to Finland for driving lessons – Sport – JamaicaObserver.com

After Usain Bolt expressed an interest in brushing up on his behind-the-wheels skills in an interview at the Moscow World Athletics Championships, Finnish Formula-1 drivers Valtteri Bottas and Heikki Kovalainen teamed up with AKK Motorsport, the Finnish Olympic Committee and Yle Sports to send a video invitation to the world sprint champion to do just that.

(ウサイン・ボルトがモスクワ世界陸上のインタビューで車の運転技術を磨きたいと話した後、フィンランドのF1ドライバー、ヴァルッテリ・ボッタスとヘイッキ・コバライネンは、AKKモータースポーツ、フィンランドオリンピック協会、Yleスポーツと組んで、短距離の世界チャンピオンにビデオ招待状を送った。)

現役のF1ドライバーに運転を教わるというのは、素晴らしい体験には違いありませんが、運転のためだけに訪れるにはフィンランドはずいぶん遠いようにも思えます。

しかしボッタスは、フィンランドこそが運転を学ぶには最高の環境だと訴えます。その仰天の理由とは何でしょう?

“If you want to learn how to handle a car I think Finland is the perfect place, especially during winter when it’s slippery. We Finns know how to drive,” said Williams driver Bottas.

(車の扱いを学びたければ、フィンランドは最高の場所だよ。特にすべりやすい冬の間はね。フィンランド人は運転の仕方をよく知っているのさ、とウィリアムズのドライバー、ボッタスは言った。)

そんな理由かい!と突っ込みを入れてしまいたくなりますね。

フィンランドが優秀なドライバーを輩出する理由は、冬にすべりやすいからなのでしょうか?

いずれにせよ、フィンランド国営放送 Yle のホームページにボッタスとコバライネンのビデオ招待状が公開されていますので、興味のある方はご覧になってみてください。

フィンランド語ではなく、英語で話しています!

Welcome to Finland, Mr. Bolt! | Urheilujuttuja | Tv | Areena | yle.fi

手術をするのにふさわしい曜日とは? − from danariely.com

photo credit: marianna a. via photopin cc

今のところ、大きい病気や怪我をすることもなく、これまでの人生を過ごしてきました。

とはいえ、これから先も無病息災でいられるとは限りません。

万が一、重篤な病気にかかって手術をすることになったとき、手術をする曜日によって生存率が異なると言われたらどう感じるでしょう?

そんな少々突拍子のない話が『予想どおりに不合理』の著者ダン・アリエリーのブログ「danariely.com」で取り上げられていました。

非常に興味深いトピックなので、ここにシェアしてみたいと思います。

According to a report that came out in the British Medical Journal, the risk of death after undergoing non-emergency surgery is lowest on Monday (1%), and goes up every day of the week thereafter. People who have surgery on Friday are 44% more likely to die than those who have it on Monday (the rate increases from 1% to 1.44%).

(イギリスのメディカル・ジャーナルに掲載されたレポートによると、緊急性のない手術を受けた後の死亡リスクは、月曜が1%ともっとも低く、その後、日がすすむにつれて上昇する。金曜日に手術を受ける人は、月曜に手術を受ける人と比べて死亡する可能性が44%高い。(割合が1%から1.44%に増加する。)

この数字は週末にはさらに増加し、1.82%にまで高まるとのこと。

本当だとすれば、これは見過ごせない数字だと思います。果たしてこの現象に対する合理的な説明はあるのでしょうか?

記事によると、一般に手術が終わった後の48時間というのは患者にとって危険な時間が続いており、出血や感染症などへの対応が必要なのですが、週末は医師や看護師などのサポート体制が手薄なため、術後のケアを必要とする期間がなるべく週末に重ならない方が生存率が高いというのです。

このレポート自体は、やや信憑性に欠ける点もあり、元記事のコメント欄にもさまざまな意見が書き込まれているようです。しかし実際、もし自分や自分の家族が大きな手術を受けるということになったら、そのときには手術の曜日が気になってしまうかもしれません。

ヒッチハイクの思い出

photo credit: math89 via photopin cc

ヒッチハイク(Hitch hike)とは、通りがかりの自動車に(無料で)乗せてもらうこと。この方法で旅することをヒッチハイキング(Hitchhiking)、旅行者はヒッチハイカー(Hitch hiker)と呼ばれる。

Wikipedia「ヒッチハイク」より

先日ヒッチハイカーが主人公の小説を読んでいたら、ふと気付いたことがありました。

それはこれまでのヒッチハイク成功率が100%であるということ。

といっても、ヒッチハイクを試みたのはこれまでの人生で2回だけ。しかしどちらも1台目の車が止まってくれたので、成功率は100%なのです。

1回目は西表島にて。

同じ民宿に泊まっていた人同士で、島の酒場に飲みに行こうという話になりました。

酒場は離れた地区にあるので、歩いていくのは大変です。そこで誰かの発案で試しにヒッチハイクをしてみたところ、通りかかったトラックが止まってくれました。

みんなで荷台に乗って酒場へ向かったことを覚えています。島の人は親切ですね。

2回目はニュージーランド南島にて。

当時はワーキングホリデービザで1年間の滞在中。

最初に滞在した南島のダニーデンという街から、家財道具一式を車に積んで、北島へ向かっていたときのこと。

車が急にスローダウン! いわゆるオーバーヒートです。

ニュージーランドのような人口密度の低い国では、ある町を出てから次の町に着くまでの空間には何もありません。

見渡す限りの荒れ地。最寄りの町までは数十キロ。

他に手段もないのでヒッチハイクをしてみたところ、幸運にも1台目の車が止まってくれました。この場合は、ヒッチハイクというより救助されたという方が正確かもしれませんが。。

運転手はとても親切なおじさんで、最寄りの町まで快く運んでくれました。あのとき車の中で何を話したのか、思い出してみようとしたのですが、記憶が霞んでいてどうしても思い出すことができません。

しばらく走って最寄りの町へ無事到着。町のガソリンスタンドから車を出してもらい、故障した車を回収。結局、車は手放してバスで次の町へ向かうことに。

車は友人に譲ってもらった20年落ちのカローラだったのであまり惜しくはありませんが、家財道具をバスで運ぶのは大変です。

そしたらマットレス(!)を積んでバスにのっていた私に同情してくれたのか、バスの運転手さんが家のガレージで家財道具を預かってくれることになりました。そして住まいを見つけた後に、家財道具を回収させてもらったという次第。

ここでも親切な人たちに助けられました。

果たして今後3回目のヒッチハイクをする機会はあるのでしょうか? トラブルは御免ですが。。。

カフェオレとカフェラテの違いとは?

カフェオレとカフェラテの違いとは何でしょう?

似たような飲み物でありながら、多くの喫茶店では両方ともメニューにのっています。

それぞれ語源から調べてみると、カフェオレはフランス語、カフェラテはイタリア語だということがわかりました。

café au lait(カフェオレ)
*café(コーヒー)、au(前置詞+定冠詞)、lait(牛乳)
caffè latte(カフェラテ)
*caffè(コーヒー)、latte(牛乳)

文法的には、前置詞の有無が異なるだけです。

日本ではこの二つが区別されていないケースもあるものの、正確にはカフェオレはコーヒー、カフェラテはエスプレッソを使うという違いがあるそうです。

と言われても、そもそもコーヒーとエスプレッソの違いがわからないという人もいるでしょう。

はい、私もその一人です。

調べてみたところ、コーヒーとエスプレッソという別々の飲み物があるのではなく、コーヒーの一種をエスプレッソと呼んでいるとのこと。

エスプレッソマシンもしくは直火式のマキネッタという専用の器具を用いて、深煎りの微細に挽いたコーヒー豆をカップ型の金属フィルターに詰めて、9気圧の圧力と約90℃の湯温で20から25秒の抽出時間で約1オンス(30ml)のコーヒーを抽出したもの。

Wikipedia「エスプレッソ」より

ずいぶん厳密な定義ですが、簡単に言えばエスプレッソというのはいわゆる濃いコーヒーということになります。

しかしカフェオレとカフェラテを飲み比べると、エスプレッソを使っているカフェラテの方が味が薄く感じませんか?

これは単にカフェラテの方がミルクの割合が多いということのようです。

お店にもよりますが、カフェオレはコーヒーとミルクの割合が5:5、カフェラテはエスプレッソとミルクの割合が2:8くらいが標準なのだとか。

以上、長年の疑問が氷解したというお話でした。

語学の達人たち vol.1 − ジュゼッペ・ガスパロ・メゾファンティ

きのうのエントリーで一言だけ触れた語学の達人、メゾファンティ枢機卿について少し紹介してみたいと思います。

ロンブ・カトーさんの『わたしの外国語学習法』によると、彼は生まれ故郷のイタリア・ボローニャから一歩も出ることなく、70か国語を使えるようになったとのこと。

まさに語学の達人と言えるでしょう。

いったいどんな方法で70か国語もの言葉を身に付けたのでしょうか。

メゾファンティは身分の低い家庭に生まれたが、幼少期から優れた記憶力と音感を持ち合わせ、特に外国語習得に関しての才能は並外れたものだった。

メゾファンティは、ボローニャにある子供たちに信仰や文字の読み書きなどを教える学校 (Scuole Pie) に通い、教皇領からやって来た多くのイエズス会宣教師と交流した。彼らと会話を交わすうち、スウェーデン語、ドイツ語、スペイン語、その他南米各地のさまざまなスペイン語方言をすぐに覚えてしまった。

Wikipedia「ジュゼッペ・ガスパロ・メゾファンティ」より

こうしてみると、やはり語学には才能という絶対領域があることがよくわかります。

この語学の才能を買われ、メゾファンティは神学の道に進むことになります。

当時のイタリアは戦乱のさなかにあり、ボローニャの病院には世界各国の負傷兵が担ぎ込まれていました。

メゾファンティは、彼らを慰問し交流を深めることで、さらに新しい言語を身に付けていったそうです。

ボローニャから一歩も出なかったとは言っても、書物だけではなく、さまざまな人との出会いから外国語を学んだということなのですね。

ところで気になるのは、彼が最終的に使えるようになったという70か国語の内訳です。70には足りないようですが、Wikipedia には下記のような一覧ものっていました。

ほぼ完璧に話し、書くことのできた言語

ヘブライ語、アラビア語、カルデア語、コプト・エジプト語、古典アルメニア語、アルメニア語、ペルシア語、トルコ語、アルバニア語、マルタ語、古代ギリシア語、ギリシア語、ラテン語、スペイン語、ポルトガル語、フランス語、ドイツ語、スウェーデン語、英語、ロシア語、ポーランド語、チェコ語、ハンガリー語、中国語、シリア語、ゲエズ語、アムハラ語、ヒンドゥー語、グジャラート語、バスク語、ルーマニア語他。

話さないが、読解が可能だった言語

サンスクリット、マレー語、チベット語、アイルランド語、サーミ語、ルーシ語、フリジア語、ラトビア語、ラトビア語、コーンウォール語、ケチュア語、バンバラ語

ヨーロッパの言語が多いのは当然として、驚くべきは中国語が「ほぼ完璧」のカテゴリーに入っていることでしょうか。

またこちらのリストを見ると、日本語も少しできたとのこと。

こんな人がもし同時代にいたら、ぜひ一度話してみたいものだと思います。

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