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サハリン・ウラジオストク旅行記(4)− 港町コルサコフ

今日はユジノサハリンスクから南へ車で一時間の港町コルサコフへ。

ホテルを出て、駅前のバスターミナルへ向かいます。

いわゆる普通のバスではなく、大型のワゴン車のような乗合バス、マルシルートカを利用します。

それらしい車を探していると、Корсаков の表示が書かれた車を見つけました。

運転手のおじさんと目が合うと「乗って乗って」の手招き。乗った瞬間に出発でした。絶妙のタイミングで乗ることができたようです。

 

コルサコフへ

乗合バスは一路南へ。昨日歩き回ったユジノサハリンスクはあくまでも市街中心部だったので、バスからの眺めで郊外に案外広く生活圏が広がっていることがわかりました。

やがてユジノサハリンスク市内を出て、牛がのどかに草を食む放牧場や森林地帯を抜けていきます。

一時間ほどでコルサコフへ到着。これはあくまで乗合バスなので、コルサコフのあちこちのバス停で一人また一人と降りていきます。

今回は終点のピャーチ・ウグロフ(Пять Углов)まで行く予定だったので、降りるタイミングを心配する必要はありません。

車内のお客さんが一人また一人と減っていき、終点に到着。ここまで来たのは自分の他にもう一人だけでした。

乗合バスを出て、通りの様子を眺めて見ます。

 

展望台へ

目的地も決めていなかったので、とりあえず高台の方に歩いて行くと、コルサコフの港が一望できる展望台になっていました。

シーズンによってはこの港から稚内までフェリーで行くこともできます。
(この夏は諸事情により運行されていません。)

サハリンは本当に近い外国なのだということを実感。いい眺めなので風に吹かれながら、しばらくのんびりしました。

展望台の反対側にはセブンイレブンのようなお店があります。ただしロゴの上にはミニ・ストップ(МИНИ・СТОП)と書いてありますね。

 

ペンギン・バー

展望台を降りて、メインストリートの方へ。

途中、ペンギン・バーというレストランがあります。

お昼時だったので、立ち寄ってビールとサーモンプレートを注文。

ビールのメニューはこんな感じ。

全然読めませんが、ビールを意味する単語だけは何とか探し出しました。

пи́во

[ピーヴァ]〔beer〕

ビール

「プログレッシブ ロシア語辞典」

お世辞抜きにこの自家製ビールは絶品でした。

サーモンもおいしくいただきました。

ペンギン・バーを後にして、コルサコフのメインストリート、ソヴィエト通り(Улица Советская)の方へ。通りに入ってすぐのところに公園がありました。稚内公園(Wakkanay Square)という名前のようです。

公園の奥の方にコルサコフさんの銅像がありました。町の名前の由来になった、かつての東シベリア総督です。

この公園から北東の方へ進んで行くと、王子製紙大泊工場跡の廃墟が見られます。

大泊(おおどまり)というのはコルサコフの日本統治時代の名前。廃墟好きの人は訪れてみるのもよいかもしれません。

公園を抜けて先へ進むと、白樺の木が立ち並ぶ美しい通り。平日の昼間だったのに人通りが多く、賑やかな雰囲気でした。

途中、こんな寿司屋さんの看板が。もちろんキリル文字なのですが、フォントが日本語のかなっぽくて面白いですね。

ソヴィエト通りを進み、一本西側のクラスノフローツカヤ通り(улица Краснофлотская)を通って公園へ戻って来ました。

バス停に戻る前にカフェでエスプレッソを一杯。

帰る前にもう一度、展望台を見に行きました。サハリンまで来たのだから、やはり海を見たいと思っていたので、ここまで遠征してよかったです。

もうしばらく海風を味わってからユジノサハリンスクへ戻ります。

サハリン・ウラジオストク旅行記(3)− ユジノサハリンスク街歩き後編

ユジノサハリンスク街歩きの後編です。

 

カフェ

市街をぐるっと回ってコミュニスト大通りに戻り、クーリビン(Кулибин)というカフェで休憩することにしました。

メニューはこんな感じ。

ロシア語がわからなくてもキリル文字さえ読めれば、上からモカ、キャラメルマキアート、アメリカン、カプチーノ、ラテであることは類推できます。(ただその下の Раф が何なのかはわからず。)

今回はカプチーノを注文。カウンターで注文し、受け取り用の番号札をもらうシステムです。

この番号札が5番だったので「これはチャンス!」と思いました。

ロシア語の5は пя́ть(ピャーチ)であることを覚えていたので、店員さんが「ピャーチ」と言ったら颯爽とコーヒーを受け取りに行こうと思ったのですが、親切なお姉さんが席までカプチーノを運んでくれたので残念ながら「5を知ってます」アピールはできずじまい。

カプチーノをいただいて外に出ると、こんなものものしい看板が目に入りました。

一瞬オクトパス?と思いましたが、こんなところにタコがいるはずはないので辞書を調べてみました。

осторо́жно

[アスタロージナ]〔carefully, cautiously〕

  1. 副 用心深く、注意深く、慎重に
  2. ⦅述語⦆⦅命令・警告⦆(取り扱いに)注意(せよ)

「プログレッシブ ロシア語辞典」

オクトパスの正体は「注意」でした。

他の単語も調べてみると、どうやら「つらら」に対する注意喚起のようです。今は夏なので心配ないでしょう。

 

図書館見学

レーニン通りをさらに北上すると銅像を発見。

何となくジョージ・ルーカスに似ています。しかしこんなところにルーカスの銅像があるはずはないので脇の文字を確認するとチェーホフの銅像でした。

チェーホフは若い頃、当時流刑地であったサハリンを巡り「サハリン島」という作品にまとめています。いわばサハリンにゆかりのある作家です。

横から見るとずいぶん猫背ですね。

銅像の奥にあるこの建物は何だろう?と思い、建物に書かれた文字を調べてみました。

библиоте́ка

[ビブリアチェーカ]〔library〕

図書館、図書室;蔵書;書庫;叢書、文庫シリーズ

「プログレッシブ ロシア語辞典」

図書館! 早速入ってみます。

しかし書架を閲覧するには利用証(?)が必要だったようで係りの人に呼び止められてしまいました。借りるつもりはなく見るだけなのに。。。

利用証を作るにはパスポートが必要とのこと。しかしパスポートはホテルに置いたままです。

利用証を作ってまで閲覧するつもりもなかったので、ここは素直に立ち去ることに。

。。。しようと思ったのですが、数人のスタッフが「どうする?どうする?」みたいな感じで集まって来て、話し合いの結果「今回はOK!」という結論になったようです。

しかもなぜか係のお姉さんが「私たちの図書館にはこんな本が置いてあるのよ!」とあちこち案内してくれ、最後に日本語の本が並べてある棚へ連れていってくれました。

ここで藤沢周平全集を読んでもなあ。。。と思ったのですが、すぐに立ち去るのも申し訳ないので、棚にあった古い露和辞典を拾い読み。それはそれで楽しい時間を過ごしました。

その後、市街を東西に伸びるサハリン通り(Сахалинская улица)へ出てカリンカ・ショッピンングセンターへ。

サブウェイの看板が見えます。

この看板を見て気付いたのですが、ユジノサハリンスクに来てから一度もマクドナルドやスターバックスの看板を見ていません。さすがにこんな辺境までは進出していないということなのでしょうか。

ショッピングセンターのカフェでエスプレッソを注文。

テーブルの上に格闘技の案内チラシ(?)があったので、そこから単語を拾ってみました。

вто́рник

[フトールニク]〔Tuesday〕

火曜日(略Вт, вт)

「プログレッシブ ロシア語辞典」

четве́рг

[チトヴェールク]〔Thursday〕

木曜日(略Чт, чт)

「プログレッシブ ロシア語辞典」

суббо́та

[スゥボータ]〔Saturday〕

土曜日(略Сб, сб)

「プログレッシブ ロシア語辞典」

これで火曜、木曜、土曜が言えるようになりました! 他の曜日はまたの機会に。

 

ガガーリン記念文化公園

ショッピングセンターを出てサハリン通りを一路東へ。

今日の最終目的地ガガーリン記念文化公園へ向かいます。

公園の入口では世界初の有人宇宙飛行を行なったロシアの英雄ユーリイ・ガガーリン(Юрий Гагарин)の銅像がお出迎え。

広い公園の中を奥へ奥へと歩いて行くと、池が見えて来ました。池のほとりに気持ちの良さそうなベンチがあったのでしばらくの間、ぼーっとします。

今回の旅行ではあまりあくせく観光せず、ゆっくりする時間も作ろうと思っていたのですが、結局この日はくたくたになるまで歩き回ってしまいました。

公園を出てホテルへ戻る道の途中、ロシア正教会の前を通りました。

夕食はどこかへ食べに行くか、手持ちの軽食で済ませようか迷うところ。いずれにしてもまずはホテルで一休みすることにします。

サハリン・ウラジオストク旅行記(2)− ユジノサハリンスク街歩き前編

今日は一日ユジノサハリンスク市内を回ります。

まずはホテルに併設されたレストランで朝食。

バイキング形式だったので、つい満腹になるまで食べてしまいました。

 

コミュニスト大通り

ホテルを出て、市街の中心を東西に伸びるコミュニスト大通り(Коммунистический проспект)を西へ歩いていきます。

こんな感じの広々とした大通り。車は右側通行です。

これはサハリン州政府庁舎(だったはず)。

歩いていくと、左手に目立つ建物が。

赤いので郵便局かな?と思ったら、映画館のようです。октябрь を辞書で引くとこのように出ていました。

октя́брь

[アクチャーブリ]〔October〕

  1. 10月
  2. Октя́брь 十月革命(1917年);その記念日(新暦11月7日)

「プログレッシブ ロシア語辞典」

十月革命にちなんで赤い建物なのでしょうか?

 

レーニン像

さらに歩いて行くと駅前広場のような場所に出ました。

ここで巨大なレーニン像がお出迎え。

その奥には駅のような建物が見えます。

建物に書いてある вокза́л は何の意味だろう?と思って調べてみました。

вокза́л

[ヴァグザール]〔station〕

(鉄道、バス、飛行機の)ターミナル、中央駅(⇔ста́нция)…

「プログレッシブ ロシア語辞典」

そのままの意味でした。

また広場の中でこんなモニュメントを発見。по́мним も気になったので調べてみました。

по́мнить

[ポームニチ]〔remember〕

…を覚えている、記憶している、忘れない

「プログレッシブ ロシア語辞典」

さきほどのモニュメントに書いてあった по́мним はこの по́мнить の一人称複数形のよう。つまり「私たちは忘れない」という意味になります。

忘れないというのはいったい何を忘れないのでしょう?

モニュメントの脇にはこんな説明文がありました。

意味はわかりませんが、1995年5月28日という日付が書いてあるので検索してみると、この日にサハリン北部で大地震が起こり、ネフチェゴルスクという町が壊滅したとの情報が見つかりました。これは地震の犠牲者を慰霊するモニュメントだったんですね。しばし黙祷。

 

レーニン通り

駅前広場から市街の中心を南北に伸びるレーニン通り(улица Ленина)を南へ歩いていきます。

通り沿いにあるテフニカ市場(Техник)へ立ち寄ってみました。

野菜、果物、肉、魚。何でも揃うユジノサハリンスク市民の台所という感じでしょうか。

敷地はかなり広く、多くの露店と建物内の店舗から構成されています。

駐車場の片隅でこんなトラックを発見。

ユジノサハリンスク市内を走っている車の多くは日本車ですし、こんな風に日本語が書かれたままの商用車も多く見かけました。日本と地理的に近い場所であるということを再認識することに。

またレーニン通りではロシア国旗と同じ白、青、赤の三色に塗られた建物を多く見かけました。

 

ウォーターボトルのガス問題

レーニン通りのスーパーマーケットに立ち寄って、食料と飲み物を調達することにしました。

ウォーターボトルはうっかりガス入りのものを選ばないようパッケージを吟味。

店員さんに聞けば済む話なのですが、ここは何とかラベルの文字を頼りに見極めたいところ。

水色のキャップのボトルには негазированная、青のキャップのボトルには газированная と書いてあります。このブランドに限らず、

  • 水色 = негазированная
  • 青 = газированная

という割り振りは全ブランド共通のよう。

ロシア語の не が否定の意味であることは知っていたので、негазированная がガスなしに違いないと判断。スーパーを出てから恐る恐る飲んでみると当たりでした!

 

旭川通り?

買い物を済ませた後、レーニン通りの一本東側にあるアムールスカヤ通り(Амурская улица)を通って中心部へ戻ります。

その途中でこんな看板のある公園を発見。

旭川通りと書いてあります。日本統治時代の名残なのでしょうか?

穏やかで雰囲気の良い公園です。

ところでユジノサハリンスクの市街を歩いていると、やたらとこの看板を見かけます。

何か重要な意味があるに違いない!と思って調べてみました。

сто́п

[ストープ]〔stop〕

間 ストップ、止まれ、止めろ;やめろ、たくさんだ

「プログレッシブ ロシア語辞典」

何のことはない単なるストップサインでした。

たしかに сто́п はラテン文字に転写すると stop になります。思い当たらなかったのは残念。。。

そろそろ歩き疲れたので、コミュニスト大通りにあるカフェで休憩することに。続きは明日のエントリーにて。

サハリン・ウラジオストク旅行記(1)− ロシア入国編

夏休みにロシアのサハリンとウラジオストクを回ってきました。

学生時代に初めての一人旅で訪れたのが北海道の稚内。日本最北端の宗谷岬に行って、日本最北端到達証明をもらいました。

そのときに「一番北へ来たつもりだったけど、さらに北にはサハリンがあるんだな」と思ったのがサハリンを意識した最初のきっかけ。

それから何度か訪れようと思ったことはあったのですが、諸々の都合で実現せず。この夏にようやく実現できました。

 

ビザの取得について

2019年8月現在、サハリンやウラジオストクを観光で訪れる場合は電子簡易ビザによる渡航が可能です。(滞在は8日以内)

ただし電子簡易ビザを利用するためには入国場所と出国場所を同じにしなければなりません。

自分の場合は「東京→ユジノサハリンスク→ウラジオストク→東京」という旅程を組んだので正規の観光ビザ(ツーリストビザ)が必要になりました。

この手続きにかなり苦戦。最終的には出国当日に赤坂のロシアビザセンターでビザを受け取って、そのまま成田へ向かうという綱渡りのスケジュールになってしまいました。

 

サハリン島について

サハリン(樺太)島は北海道の北にある北海道と同じくらいの面積の縦長の島。

最大の都市はサハリン州の州都ユジノサハリンスクで人口約20万人。

成田から直行便で2時間15分。あまり知られていませんが、日本から最も近い外国の一つです。

 

フライト

成田→ユジノサハリンスクはアエロフロートの航空機。16:50出発の予定でしたが、出発間際に雨が強くなり滑走路が水浸しに。なかなか離陸できません。

結局、定刻を1時間近く過ぎて出発。水平飛行に入って、すぐにドリンクとサンドイッチなどの軽食が配られます。

ささっといただいて、少し目を閉じていると「着陸態勢に入ります」とのアナウンス。本当にあっという間のフライトです。

なお今回の旅で最初に覚えたロシア語はこちら。

вы́ход

[ヴィーハト]〔going out, departure, exit〕

  1. 出ること、外出、出発、出撃;出口;解決策、活路

「プログレッシブ ロシア語辞典」

機内のあちこちにこのサインがあったので、真っ先に辞書で調べてしまいました。

 

空港

出発時のトラブルで定刻からはかなり遅れたものの無事ユジノサハリンスク空港へ到着。

飛行機を降りて、バスに乗って、空港の建物へ。建物のこじんまり感が予想以上でびっくりしました。

3つある入国審査の列に並びます。よく見ると3つあるブースのうち、1つは飛行機のクルー用、1つはロシアとベラルーシの国民用、1つは外国人用と書いてあります。

うっかり飛行機のクルー用の列に並んでしまったので、並び直しかと思ったのですが、日本人のツアーガイドらしい人が「どこに並んでも大丈夫です!」と言っていたので、そのまま並んでいたら無事通過できました。

結局、空港の外に出られたのは現地時間の22時過ぎ。タクシーでホテルへ行ってもよかったのですが、今回はホテルの人に送迎を頼んでいました。

上手く合流できるか心配だったのですが、空港のサイズが想像の10分の1くらいだったので、迷うことなく合流。

そのままホテルへ送ってもらいました。車内にはカウリスマキの映画で流れるような情緒ある音楽が流れていてよい雰囲気。恰幅のよい運転手はカウリスマキ映画の常連 Sakari Kuosmanen に似ているような気がします。

 

ベルカ・ホテル

今日から3泊するベルカ・ホテル(Belka Hotel)へ到着。チェックインを済ませて2階の215室へ。

ベルカ・ホテルは全体が木でできたログハウス風の作り。

食料を調達しに外出しようかとも思ったのですが、機内食が胃にもたれて苦しいので今日はこのまま外へ出ないことにしました。

まずは室内にあるロシア語の解読を試みます。注意書きを眺めていると、ロシア語にはずいぶん!マークが多いなという印象。

比較的穏やかな印象のあるロシア人なのに、書き言葉ではテンションが上がってしまうのでしょうか? ただ最近読んだドストエフスキーの小説の登場人物はしょっちゅう叫んでいましたし、もともとは熱い人たちなのかもしれません。

フィンランド語学習記 vol.790 − ensi

ensi viikolla(来週に)
ensi kuussa(来月に)
ensi vuonna(来年に)

フィンランド語の ensi は「次の」の意味。

ただし表現によっては「最初の」という意味にもなります。辞書には次のように出ていました。

ensi

①最初の

ensirakkaus
初恋

②次の

Matkustan ensi kesänä Suomeen.
私は次の夏にフィンランドへ旅する。

「パスポート初級フィンランド語辞典」

それにしてもなぜ「最初の」と「次の」を同じ単語で表すのでしょう?

しばらく考えてみたところ、さきほどの例文 Matkustan ensi kesänä Suomeen(私は次の夏にフィンランドへ旅する)は、今から来る最初の夏にフィンランドへ旅するということなので、意味としては「最初の」と「次の」にも重なっている部分はあるのかなと思い当たりました。

どこまでを同じことばで表し、どこからを違うことばで表すのかは、もちろん言語によって異なります。外国語を学ぶということは日頃あまり意識することのないこの「区分」を学ぶということでもあります。

フィンランド語学習記 vol.789 − りんごは木から遠くへは落ちない

『パスポート初級フィンランド語辞典』の omena(リンゴ)の項にこんな例文が出ていました。

omena

リンゴ

Omena päivässä pitää lääkärin loitolla.
一日一個のりんごで医者知らず
(「一日一個のりんごは医者を遠ざけておく」)

Ei omena kauas puusta putoa.
蛙の子は蛙
(「りんごは木から遠くへは落ちない」)

「パスポート初級フィンランド語辞典」

「りんごは木から遠くへは落ちない」が「蛙の子は蛙」の意味になる理由がよくわかりません。

念のため「蛙の子は蛙」を国語辞書で引いてみました。

かえるの子はかえる 句

  1. 平凡な親の子どもは、やはり平凡だ。
  2. 子どもの性質は親に似るものだ。

「三省堂国語辞典 第七版」

あれこれ考えてみた結果、ここでの「りんごは木から遠くへは落ちない」というのは、りんごが自分から離れた遠い世界に行くことはないというような意味なのでしょうか?

言語が変われば表現の方法もがらりと変わる面白い例ですね。

 

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