『外国語上達法』読書ノート⑪ − レアリア
『外国語上達法』読書ノートの第十一回目です。
この連載では、岩波新書より出ている千野栄一先生の『外国語上達法』を読み、感じたこと、考えたことを一章ごとにまとめていきます。
目次はこちら。
1 | はじめに |
2 | 目的と目標 |
3 | 必要なもの |
4 | 語彙 |
5 | 文法 |
6 | 学習書 |
7 | 教師 |
8 | 辞書 |
9 | 発音 |
10 | 会話 |
11 | レアリア(←本稿) |
12 | まとめ |
レアリア − 文化・歴史を知らないと・・・
レアリアとは?
チェコ語に「レアーリエ」(reálie)という語があり「ある時期の生活や文芸作品などに特徴的な細かい事実や具体的なデータ」という説明がついている。これは本来ラテン語から来た語で、英語にも realia、ドイツ語にも Realien、ロシア語にも реалии という形で姿を留め、これらの語はいずれも複数扱いされている。
P.178
外国語を学ぶ際には、ことばそのものだけではなく、その背後にある文化についても合わせて学んでいきます。
例えば、
B: I’m fine.
というやり取り一つにしても、単に「調子はどう?」「元気だよ」という意味を学ぶだけではなく、日常友人・知人と会ったときにはこのような挨拶を交わすのが習慣であるということを背景知識として学ばなくてはなりません。
そういう意味では、語学というのは一種の文化人類学であるとも言えるでしょう。
本章では、チェコとイギリスにおける「お茶」の飲み方の違いが紹介されています。
それによれば、イギリスではミルクを入れて飲むのが一般的ですが、チェコではレモンやラムやコニャックを入れて飲むのだとか。
つまりイギリスの人がチェコに行き、何も知らずにカフェで「お茶」を注文すれば、思いもよらない飲み物が出てくるということになります。
このような例というのはそれこそ無数にありますし、そもそも異なる言語の異なる単語同士(お茶と tea など)が完全なイコールで結ばれるということは決してないとも言えるでしょう。
コーヒー一つをとってみても
coffee という単語から、真っ先に連想するのはどんな飲み物でしょうか?
私の場合、学生の頃はコーヒーがあまり好きではなく、本格的に飲み始めたのは、社会人になってからでした。
よって中学や高校の頃は coffee といっても、想像するのは、家にあったインスタントコーヒーくらいなものです。
その後、社会人になって、どういう訳かコーヒーが大好きになり、様々なカフェでドリップコーヒーやカフェオレなどを飲むようになりました。
ニュージーランドやオーストラリアにいたときには、フラットホワイト(flat white)というエスプレッソベースのコーヒーをよく飲んでいたので、そのときの味を懐かしく思い出すこともあります。
つまり coffee という単語一つをとってみても、私自身の経験とともに、そこから連想する視覚的・味覚的なイメージはどんどん広がっているということになるのです。
年を取れば取るほどに。。。
筆者は、スポーツ選手と外国語学習者を比較し、前者はおおむね20代・30代が実力のピークであるのに対して、後者はそれ以降も実力が伸びていく理由を次のように述べています。
確かに長年にわたってある外国語をたしなんでいれば、知っている単語の数も増し、イディオム(慣用句)にも通じ、一にらみすれば文法構造もたちどころに分かるというようになる。しかし、このような経験というか慣れというものでは説明しきれない何物かがあると感じていたが、実はそれがレアリアの知識の量の蓄積なのである。
P.191
自分の身を振り返ってみても、英語を学んでいた学生時代とフィンランド語を学んでいる現在を比較すると、記憶力や集中力といった面ではずいぶん落ちているのだろうなと思います。
しかしそれ以上に、フィンランドを含む欧米の文化に関する知識はかなり増えていますし、言葉というものに対する理解もすすんでいるため、現在の方が外国語の学習に有利な面もあるでしょう。
そんな風に、選手寿命が長いというのも外国語学習の素晴らしい面の一つなのではないでしょうか。
本章のまとめ
外国語学習に書かせないレアリアとは、この世界に関する広範な背景知識の集積である。
ことばそのものの学びが語彙や文法を使って建物を組み立てることだとすれば、レアリアの集積はその土台として学習を下支えする大切な役割を担う。